2007年06月27日

「慰安婦」問題について。




 従軍慰安婦問題について、国内の一部の人たちは、「なかったこと」にしようとしたり、「強制性はなかった」とか「旧日本軍は関与していない」と責任を否定したり、正当化しようとしたりしている。

 しかし私は、シロート考えながら、それは間違いだと思う。理由は、
@ 外交的な施策として、うまくない
A 史実を客観的に見ていない、あるいは知らない
B 人道的に間違っている
――の3点だ。

 以下、くわしく述べる。

■理由 @ 外交的な施策として、うまくない

〈他国からの、攻撃の口実にされてしまう〉

 外交の世界において、
「揚げ足を取られるようなネタを、他の国に与えない」
「自国に不利になるような、言質を与えない」
「攻撃の口実を、与えない」
というのは、鉄則(?)ではないかと思う。

(きょうの日経新聞の識者意見でも、やはり「政治家は、揚げ足を取られるような発言は避けるべき」とあった)

 従軍慰安婦問題についても、多くの国内のタカ派の人たちが指摘するように、
「アジア諸国が、外交の切り札に、あるいは、日本攻撃のネタとして使っている」
というのであれば、なおさらだ。
 攻撃のネタにされないようにすることが重要なのだ。

 日本はひたすら「謝罪外交」を続け、他の地域、たとえば欧米諸国が、
「中国や韓国も、なにも、そこまでしなくても…」
と、かえって日本を同情するくらいになれば、こっちのものだったのに。
 欧米諸国だって、旧植民地支配など、スネに傷を持つ身なのだから、心情的には、日本の味方になりやすいはずだ。

〈外交においては、パフォーマンスが重要〉

 なのに、ヘタなことを言う(安倍首相失言や、一部の議員・ジャーナリストの「反慰安婦」意見広告など)ものだから、アメリカなんかにまで文句を言われる始末。

 ドイツのように、ひたすら「自国の責任を追及」していれば、何か言われても、
「過去の過ちを清算する努力をしている」
と胸を張って言える。つけ込むスキを与えない。

 たとえばサッカーで、ラフプレイを受けてつっ転ばされた時に、わざと倒れたまま、しばらくジッとしていて、自分を転ばせた選手に、審判がイエローカードを出すのを待つ。
 あるいは、逆に、ラフプレイを注意されたら、両手を広げたり、肩をすくめて、
「私は何もしていないのに?」
というゼスチャーをして見せる。
 これが、国際ルール(?)なのだ。(笑)

〈政治家は「自分がどうか」ではなく「国益」を優先すべき〉

 安倍首相や一部の政治家は、「慰安婦問題を否定」したり、「中韓の内政干渉をハネのけようとする」ことで、マッチョなタフガイを演じている。(とくに安倍首相は、北朝鮮問題でのタフガイぶりがウケて首相になったものだから、その路線をウリにしようとしているのかもしれない)
 そのほうが、歴史のこととかをよく知らない有権者の票を集めやすいからだろう。確かに、外交は票にもカネにもならない。

 あるいは、個人としての「信念」から、本気でそう思っているのかもしれない。

 しかし、理想を言うなら、政治家ならば、票とか個人の考え、つまり「私」よりも、日本という国のためを考える「公」(私はこの言葉はキライだが、保守派の方々は大好きみたいなので、あえて使ってみた(笑))を優先させるべきだろう。

 たとえば、小泉前首相の靖国参拝問題。
 あれは、小泉氏自身の「信念をとおした」ということだったそうだが、そのせいで日本の外交が悪化した。
 つまり、小泉氏は、「日本という国がどうなるか」つまり「公」よりも、「ワタシがどう思うか」つまり「私」を優先した。一国の首相として、すべき選択ではなかったと思う。

■理由 A 史実を知らない

〈歴史の見方そのものを知らない〉
 慰安婦の強制性はなかったとか、軍の関与を否定する人たちは、史実を知らない、あるいは、客観的に見ていない。と、私には思える。

 たとえば、「証拠となる史料はない」という指摘。
 ちょっと歴史のことを知っている人なら、その指摘自体に無理がある、と判る。

 あるいは、断片的な史料や、自説に都合の良い証言だけをかき集めて提示して見せる。
 ちょっと歴史を知っている人なら、そういうことは、歴史を見るうえで、やってはならない禁じ手だと知っている。

 史実を直視し、認めたうえで、
「悪かった。でもあの時は、そうするしかなかった。しょうがないじゃん。でもごめん」
と言い訳をするのは、アリだと思う。
 しかし、「あったこと」(史実・事実)を「なかったこと」にするのは、科学的・客観的な態度ではない。

〈表面をなでただけで、歴史を知った気になっている〉
 私は歴史ファンで、一時期、太平洋・日中戦争に凝っていて、関連本を数百冊ほど読んだり、国内外のあちこちの博物館や資料館、軍関連施設に行ったことがある。

 次に挙げるのは、以前、読んだ話だ。

 ある保守派の有名ジャーナリストが、フィリピンのある地域で、もと従軍慰安婦の「取材」をした。もちろん、大物ジャーナリストだから、大勢のスタッフを使って、事前の調査や現地のプレ調査はしたと思う。
 そのうえで、彼女自身が現地に乗り込み、数時間だか、数日間だか、その辺りで訊いて周ったが、
「もと慰安婦だったと名乗る人は1人もいなかった」
「周囲の人たちも、そんな話は聞いたことがないと言った」
ということで、数時間だか数日だかで帰国した後に、そう「報道」していた。

(同じジャーナリストでも、誠実に取材をしているプロは存在するが)

 また、次に挙げるのは、別の本で読んだ話だ。

 史学を専門とする、ある大学教授が書いた本だ。
 やはり、フィリピンのもと慰安婦の証言を集めるために、フィールドワークをしたという話だった。
 ある年の夏に、1〜2ヵ月かけて、ある地域に行き、地元の人たちに訊いて周ったのだが、誰もそんな話は知らないと言われた。
 しかし、彼はあきらめずに、その次の夏も現地へ行った。
 そうして、3年目だかにようやく信用してくれたらしく、もと慰安婦という人が、
「実は……」
と話してくれたそうだ。
 以降、10年ほどかよって、数多くの証言を集めることができたそうだ。

 もと慰安婦や、その家族にとっては、つらい、思い出したくない記憶だ。それを、名乗り出て証言するのだから、よほどのことなのだ。そして、まだまだ沈黙を守っている人も、多いだろう。

■ 理由 B 人道的に間違っている

〈強制性や軍の関与 云々よりも…〉
 何事でもそうだが、やはり加害者は、「逆ギレ」する権利はないと思う。
 1人でも被害者が存在すれば、頬っかむりするべきではない。
 強制性があったとかなかったとか、軍の関与があったとかなかったとか、そんな論争以前に、被害者が救われるような、おカネではなくて、誠意を見せるのが人の道ではないか。

 ちょっと話は飛ぶが、以前、「南京大虐殺」論争があったころ、その被害者の人数が焦点のひとつになっていた。

 最も多い見積もりは、中国側の、数百万人(だったと記憶している)。
 最も少ない見積もりは、日本の保守派・タカ派の人たちの主張する、数百人(私が読んだなかでは、確かそうだった)。
「中国側は、被害者の人数を大げさに言っている。たった数百人のことなのだから、日本は気に病むことはないのだ」
という、ムチャクチャな主張もあった。

 しかし、数百人が1人だったとしても、虐殺は虐殺だ。
 アメリカ史で、独立戦争のきっかけのひとつになった、「ボストン大虐殺事件」(1770年)というのがあるが、「虐殺」された被害者の人数は、5人である。

 強制性や日本軍の関与の有無を云々する人たちは、大事なことから目をそらそうとしているように、私には見える。
 被害者だった人たちは、今そこに、存在しているのだ。


posted by 田北知見 at 17:42 | 東京 ☀ | Comment(0) | TrackBack(1) | 時事ネタいじり

2007年06月25日

いいオトナの逆ギレ。 …に見えるのだが…?(笑)

 キッチンカブー無料ページの『企業・ウオッチング』6月25日更新分にも書かせていただいたのだが、グッドウィル・グループ〈4723・東証1部〉の介護事業の不正問題と、その後の対応のマズさが話題になった。

 『東洋経済TKプラス』の折口雅博会長インタビューによると、「私の経営手法が悪いとは思っていない」そうだ。
「私はトップだが、実際の指揮は現場に近い人間がやっている」
とも言っている。

 あくまで私の印象だが、なんだかまるで、コドモが、
「ボクは悪くないもん。樋口クンがやったんだもん」
と拗ねてでもいるようだ。(笑)

 さらに、北海道苫小牧市のミートホープ社の田中稔社長。
 同社は24日、ミンチ偽装問題で北海道警の家宅捜索を受けた。

 一連の報道によると、田中社長のコメントとして、
「販売店も悪いし、半額セールで喜んで買う消費者にも問題がある」
「消費者も安いものばかり求めるから…」
「私がいちいち(肉の混入現場の)横にいたら大変ですよ」
などが伝わっており、消費者や従業員が悪いような言い方をしているそうだ。

 続いて、25日には、会社存続が難しいとして、全従業員・パートを解雇する方針と報道されている。

 折口氏も田中氏も、経営トップとしての責任云々という以前に、いいオトナの逆ギレ。…に見えるのだが…?(笑)
posted by 田北知見 at 16:35 | 東京 🌁 | Comment(1) | TrackBack(2) | 時事ネタいじり

2007年06月18日

鎌倉に行った。疲れた。(笑)

 以前、吉田秋生のマンガを読んで、鎌倉に行きたくなった、と書いた。
 きのうは天気が良かったので、行ってみた。

 結論からいうと、失敗だった。めちゃめちゃ混んでいた。(笑)

■美しい紫陽花の・・・

 そういえば、あじさい(紫陽花)の時期だった。
 「あじさい寺」として知られる明月院など、あのあたりは、花の時期は混むんだった。
 私はそのお寺へは行ったことがないが、混んでいる時などは、最寄駅から、有名な石段まで、人が、ほとんど数珠つなぎになっている、と何かで読んだことがある。

 しかも、梅雨の晴れ間で、お天気だったので、人出も多いはずだ。

 藤沢から鎌倉まで、江ノ電(江ノ島電鉄)に乗ったのだが、せっかくの「海の見える路面電車」も、通勤ラッシュの地下鉄なみの混み具合で、眺めどころの騒ぎじゃなかった。トホホ。

 最も混みそうな、あじさい寺も、大仏(長谷・高徳院)も避けて、鶴岡八幡宮だけはお参りしたのだが、その参道も、原宿なみの混雑だった。トホホ。

■海も・・・

 そして、一番の目的である、「砂浜で、海が見たい」をかなえるために、海へ向かって歩いた。
 が、浜も、「ワイキキ・ビーチよりは、ちょっとすいてるかな」くらいの混み具合。(笑)
 泳いでいる人は見なかったが(ちょうど、海の家を建ててるところだった。海水浴シーズンはこれから、らしい)、観光客でいっぱいだった。

 海も、あんまりきれいじゃなかった。トホホ。
 青というより、灰色。
 そういえば、「湘南の海って、浜が黒い泥砂なので、その色のせいもあって、汚いんだよね」と、以前、地元の人が説明してくれたのを、思い出した。

 歩き疲れて、人に押されたりぶつかられたりして、徒労ばかりだった。
 まあ、たくさん歩いたので、健康には良いかも。と、「よかったさがし」をしてみたり。(笑)
posted by 田北知見 at 18:01 | 東京 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | 時事ネタいじり

2007年06月16日

『父の日』に ちなんで、マイ父ネタ。

 6月17日は「父の日」。というわけで、母の日にちなんだマイ母ネタに続き(?)、マイ父ネタ。

■「そんなものが通用するのは、長い人生のうち…」

 私が高校生の時。
 何かの話をしていて、父がフト、
「おまえは、これからの人生、なにで勝負をしていくつもりだい?」
みたいなことを訊いた。

 どんなブスでも「かわいい」とチヤホヤされる女子高生時代である。私は、
「そりゃあ、若さとかわいさに決まってるじゃない」
と、冗談半分に答えた。(←てことは、半分は本気だったのか?オイオイ(笑))

 すると父は言った。
「そんなものが通用するのは、長い人生のうち、ほんの10年かそこらだよ。その後は、どうするつもりかって、訊いてるんだ」

 その時は、何と答えたか憶えていない。
 ただ、
「そおか、『オンナ』を武器に、若いうちにぼんやり生きてると、後が大変なんだ」
と気づいた。

 その後、私は決めた。
「話していて、おもしろい おばさん 大人の女性を目指そう」
 いろいろなことを知っている。当意即妙に、冗談とかも言える。ただおもしろいだけではバカにされるので、ちょっとだけ毒のある女性。そのあたりの線を目指そうと思った。

 もともと本を読むのは好きだったので、分野を限定せずに、とにかくいろいろなものを読むことにした。とくに20代の時は、毎日2〜3冊のペースで読んだ。
 時間とお金の許す範囲で、がんばってあちこち旅行に行った。
 歴史と美術が好きなので、人が多いし疲れるのだけれど、なるべく機会を設けては、美術館や博物館に行った。

 と、私レベルの人間でできる範囲で努力を重ね、齢を重ねた。
 年齢だけは大人になったが、上記の決意については、道半ばである(笑)。

■新聞の字を

 本を読むのが好きで、海外に興味を持ち、歴史に興味を持ったのは、父の影響だ。

 私がオムツも取れていないころ(たぶん2歳くらい?)に、字を読めるようになったのは、父が教えてくれたからだ。

 もちろん私は憶えてないのだけれど、父が新聞を読んでいるヨコに行っては、新聞の見出しの文字を指さして、
「これは?」
「これは何?」
と訊いていたらしい。
 父はいちいち、
「これは『あ』」
「これは『わ』」
と、根気よく答えていたらしい。
 で、私は字が読めるようになったのだった。

 その後、本を読むようになり、遊びでいろいろなものを書くようになり、中学・高校で新聞部、大学でスポーツ紙のクラブに入り……、就職してからは、まがりなりにも「書く」ことでめしを食えている。(皆様のおかげで、食わせていただいている)

 あの時、父が、
「うるさいから、向こうへ行ってなさい」
とか言ってたら、私の人生、またちょっと違ってたかも?と思ったりする。
 お父さん、ありがとう。

■海外に興味を持ったのも

 海外に興味を持ったのも、父の影響だ。

 父は仕事で時々、海外に行っていた。
 なので、子どものころ、うちには、オーストラリアのバターとか、バリ島の木彫りの人形とか、北極のアザラシ(?)の毛皮とか、アメリカから帰ってくる時の飛行機でもらったトランプとか、変わったもの(?)がいろいろあった。
(今では、外国のものって、ぜんぜん珍しくないけど、30年以上昔の当時にしては、そして、少なくとも、私にとっては物珍しかった。)

 といっても父自身は、ふつうのニッポンのお父さんだ。
 晩酌は、キリンビールで始まり、日本酒あるいは焼酎へ移行する。スポーツは、やるならゴルフ、観るなら相撲。下着はグンゼの白。ヘアトニックはMG-5。

 とくに訊かれなければ、外国の話をすることもなかった。
 たまに、ポツポツと、
「インド人の冷たい手に、突然足首を掴まれて驚いた話」とか、
「今まで見たなかで、一番美しいと思ったのは、フィリピンの遠浅の海」とか、
「キューバ人のリズム感はすごい」
とかのネタを話してくれるのだった。

 私も妹も、しぜん、海外に興味を持ってしまったのだった。

■歴史に興味を持ったのも

 以前にも、このブログに書いたが、歴史に興味を持ったきっかけは、中高生の時に、父の書棚にあった『項羽と劉邦』を、たまたま手に取って、読んでみたらおもしろかったからだ。

 書棚には確か、ほかに吉川英治や海音寺潮五郎や山岡荘八もあった気がする。
 吉川英治はともかく、山岡荘八あたりを手に取っていたら、もしかしたら、
「やっぱり歴史って、つまんない」
とかって、思ったかもしれない(笑)。読んでないので分からないが。

posted by 田北知見 at 17:25 | 東京 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | 時事ネタいじり

2007年06月11日

お金持ちセレブだからって、悪いことをしたら、きちんと刑を受けるのは、当然なのに。



 私はアメリカの司法について、報道や、小説や映画でしか知らない。

 が、それでも、黒人やヒスパニックよりも白人が優遇されがちで、なかでも、お金持ちの場合は、ものすごい高額な料金で、腕利き弁護士と大勢のパラリーガル(法律事務専門職)を雇い、裁判で、クロ(犯人)でもシロ(無罪判決)になったり、高い保釈金を払って、裁判中は自宅で優雅に暮らしたりしているシーンを、よく見る。

 日本でもよく知られている、O・J・シンプソン裁判などが、代表的な例だろう。
 彼の犯行であり、彼に非があることは、あんなに明らかなのに、刑事裁判では無罪になってしまった。

 その後、遺族が損害賠償を求める民事訴訟を起こし、こちらではシンプソン被告の賠償責任を認める判決が下った。その金額は、シンプソン被告の全財産と同じくらいだったとか。
 が、最近の報道で私は初めて知ったのだが、シンプソン被告は法の網をくぐり、資産を海外へ移して(隠して)しまい、結局、遺族にはほとんど判決どおりのお金は支払われていないらしい。

■パリス・ヒルトン受刑者の再収監について

 アメリカでも、法廷画ってあるのね。
 なんか、法廷にもテレビカメラが入るってイメージがあったんだけど。
 でもやっぱり、日本の法廷画とは、なんか違う。

 いろいろな報道によると、パリス・ヒルトン受刑者は、これまでも、さんざん酔っ払い・危険運転や、免停(だったかな)中なのに運転するなど、たびたび法を無視した行ないをし、そのたびに、高いお金を払って罪(受刑)を免れて来たようだ。
 生まれつきのお嬢様のうえ、超人気セレブなので、彼女はたぶん、
「私は特別。何をしても許される」
くらいに思っていたのかもしれない。

 別の報道では、再収監の判決が出たとたん、ヒルトン受刑者は、
「ママ! ママ! こんなの、間違ってるわ!」
と涙ながらに絶叫したとも伝えられている。

 その「ママ」自身を含めて、誰も今まで、パリスに、
「いいえ、間違ってるのは、あなたよ」
と教えてあげなかったんだろうなあ、と私は思った。
posted by 田北知見 at 16:03 | 東京 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | 時事ネタいじり

2007年06月01日

続・どっちもどっち(笑)




 むかし、米ソ冷戦時代に、いわゆる「第三国での代理戦争」について、見たり読んだり知ったりするたびに、
「日本のトリオ漫才の、定番ネタみたいだな」
と思っていた。

 3人で行なうトリオ漫才で、よくあるネタ。
 AとBが、向かい合って、口げんかをしている。
 Aが、Bに向かって、
「なんやねん、キミ」
と言いながら、手は、真ん中にボサッと突っ立っているCをどつく。
 すると今度はBが、Aに向かって、
「キミこそ、なんやねん」
と言いながら、でも手は、やはりCをどつく。
 Cが、
「なんでワシやねん!?」
と怒って、客の笑いを取る。

 ――という、ベタなネタだ。

 Aがアメリカ、Bがソ連。(順不同)
 Cは、その時代によって、アフガニスタンだったり、ベトナムだったり、朝鮮半島だったり、あるいはアフリカや中東のどこかの国だったりする。

 また、むかしのコントの定番ネタも思い出す。

 熊さんと八っつあんがケンカしているのだが、場所は、なぜか隣のトラさんちの茶の間という、あれだ。
 トラさんと家族が、皆でちゃぶ台を囲んでゴハンを食べてると、熊さんと八っつあんが、取っ組み合いながら乱入してくる。ちゃぶ台はひっくり返り、茶碗やミソ汁に顔を突っ込み・・・。

 みたいな、感じ。

 ケンカはヨソでやれ。あるいは、自分ちの庭でやれよ。
 と思うし、もし、自分たちの庭でやったとしても、大国のやるケンカは、他のみんなも、巻き込まれたくなくても巻き込まれちゃうんだから。やめてね。
 と思う。
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2007年05月31日

どっちもどっち(笑)その3

 捕鯨。
 確かに、こうやって映像を見ると、すごく極悪非道なことをしてるように見えなくもない。
 泳いでいるクジラは、ホントに美しい。

 私自身はとくに、鯨肉が食べられなくなるのは、イヤだとは思わない。

 でも、文化が違うだけなのに、白人たちに、
「クジラを食べるなんて、野蛮」
みたいなことを、言われる筋合いはないと思う。

 以前、テレビのインタビューで、白人が、
「でも、牛肉を食べるのだって、生き物を食べるという点で、酷いことには変わりないでしょう?」
と訊かれて、
「だって、牛は、神様が、われわれ人間が食べるために、お創りになったものだから」
と答えていた。

 あまりの自文化中心主義に、私は唖然とした。
 もし私がその場にいたら、
「あら、神様って、ジーザスのことかしら? ブッダもアッラーも、そんなことは言ってないんだけど?」
と言ってやりたかった。(笑)


posted by 田北知見 at 16:46 | 東京 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | 時事ネタいじり

どっちもどっち(笑)その2

 キューバのグアンタナモをはじめとして、イラクの刑務所など、各地の米軍施設での、アラブ系人に対する人権蹂躙も、早くから話題になっていた。
 米軍、イラク戦争やイスラム教徒との戦いは、「テロに対する、正義の戦い」のはずだったのだが。

 酷い人どうしが、
「おまえのほうが、よりヒドい」
と言い合っているように見える。



posted by 田北知見 at 16:29 | 東京 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | 時事ネタいじり

どっちもどっち(笑)その1

 イラン国内で、とくに女性を中心ターゲットとした、イラン系アメリカ人らへの不当拘束や、いやがらせの話は、時々、ニューズウィークなどの報道で見かけていた。
 ひどい話だ、と思う。



posted by 田北知見 at 16:14 | 東京 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | 時事ネタいじり

2007年05月29日

「政治とカネ」

 株式会社財界研究所の『財界』誌 『財界ビジネスクラブ』の講演を聴いた。
 講師は、読売新聞社の小田 尚(たかし)政治部長。
 テーマは「7月参院選の行方〜日本の政治は今後どう動くか」。

 選挙結果の4つの想定ケースと、その場合想定される政局をはじめとして、有意義な講演を聴くことができた。

 新聞紙上には載せないオフレコの部分も多いということなので(笑)、想定ケースを除いて、私の印象に残ったポイントと、末尾に、聴講後の感想を書く。

■松岡農相の自殺について

 松岡利勝 農林水産大臣が、28日、東京・赤坂の議員宿舎で自殺したのは、(多額の使途不明瞭な事務所費や、農水省所管の独立行政法人『緑資源機構』の談合問題にからみ、多額の献金を受けていたことなどについて)身辺に捜査の手が及んでいたからだと見られている。

 この自殺事件について、タテマエ上は「内閣に打撃」と報道されている。
 が、自民党内では、
「これ以上、(松岡氏が)追及される心配がなくなった」
「つまり、これ以上、事態が悪化しない。今夏の参院選のマイナス材料が減った」
と、ささやかれている。

■7月参院選について

 与野党の勝敗が注目されている、珍しい選挙だ。
 結果によっては、与野党逆転、(ドラスティックな)政界再編が、あり得る選挙だ。
 ということで、各党、すでに本番モードに入っている。

 が、有権者は、ほとんどノッていない。各党の各地の集会では、人が集まらないという。
 これまでは、有権者の「政党ばなれ」が指摘されていたが、現在は「政治ばなれ」だ。
 テレビでも、安倍首相が画面に登場したとたん、視聴率が下がる。安倍政権の支持率が下がっていることに加え、政治ネタはウケないようだ。

 参院選の行方は、無党派層がどこへ行くかがポイントとなる。

 焦点となるのは、憲法、格差、「政治とカネ」などだが――、

 安倍首相は、憲法改正といっても、どこをどう変えるといった具体的な話は出ない。
 格差対策といっても、各党とも、有効な対策が出せず、焦点になりえずにいる。
 「政治とカネ」の問題については、各党・各議員とも、それぞれスネに傷を持つため、お互い追及しにくい状況にある。

 つまり、政策不在で、有権者が、将来の展望を描けず、そのため、政治や選挙への関心が持てないのだろう。

■小泉前首相について
(小泉純一郎 前首相と、小泉チルドレンの動向についての質疑に回答して)

 小泉氏は、現在、永田町で何の影響力もない。

 というのは、現在の小選挙区制では、党の執行部が、公認権、人事権、カネを配るチカラを持っているからだ。
 昔の中選挙区では、派閥の領袖がこれらについて発言権やチカラを持っていたため、たとえば元幹事長といった立場の人でも、派閥の長老として、チカラを持てた。

 しかし、現在は上記のような状況のため、今現在、肩書きを持たない人、つまり、ポストを離れた人には、何のチカラもない。
 小泉氏があれだけ自分の思うとおりにできたのも、首相という肩書き・権限を持っていたからだ。総理を辞めたら、ただの人だ。

 その代わり、小泉氏、安倍氏とも、人事を好きなようにできた。(派閥のチカラで幹事長・首相になった場合、派閥に配慮した人事を行なわなければならない)

■私(田北)の感想――「政治とカネ」について

 小田氏の講演では、「政治とカネ」の話で、チラリと「実弾」の話が出た。昔の選挙で、ある地方では、1つの県内だけで4億円のカネが動いたという。

 むかし、政治評論家の早坂茂三氏の講演でも、そういう話を聴いた。
 早坂氏は、田中角栄の秘書時代に、やはり選挙の時は「実弾」を用意したと話していた。確か、
「自民党だけでなく、他の党の候補者も含めて、多くの人間が、田中先生のもとへ来た。金庫から、札束を取り出しては、玄関先で渡した」
みたいなことを、話していたと記憶している。

 また、現実ではなくて、マンガの話で恐縮だが、むかし読んだ、かわぐちかいじ のマンガ『沈黙の艦隊』で、そういうシーンを見た。
 ストーリーの途中で、選挙と、その後の各党「連立」形成の過程が描かれていた。
 自党だけでは政権を取れないので、当選した他党の議員を、自党へ取り込む交渉をするシーンだ。
「ぜひ、わが党へ」
みたいなことを言いながら、ドン、と、札束を、テーブルの上に乗せる。
「いや、しかし……」
と、しぶる他党議員に、
「では、どうですか、これで」
 ドッ、ドン、…と、札束が、目の前に、積まれていく。

 不正なカネがらみの「自殺」についても、松本清張の小説や、浅田次郎のエッセイで、いろいろ恐ろしい話を読んだことがある。

 一般人の私から見ると、
「仕事として、手を汚さなければいけないこともあろう。清濁あわせ呑む、というが、確かに、清い水だけ飲んでいたい、というのはコドモだ」
というのはわかる。
 しかしやはり、
「そんなにまでして、巨額なカネがほしいのか? めしが食えるだけでは、いかんのか?」
と、素朴に思ってしまうのだが。如何か。



posted by 田北知見 at 15:52 | 東京 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | 時事ネタいじり

2007年05月28日

政策「アメとムチ」に疑問を感じる

 きょう28日付けの日経新聞に、
「経済政策、参院選にらみ アメを先行、ムチを先送り」
という記事が載っていた。

 記事のいう「アメ」は、「地域間格差の解消や、中小企業対策、格差是正など、国民受けしやすい政策」。
 その一例として、住民税などの一部を出身地などに納める「ふるさと納税」、公的年金の支払い漏れへの救済策検討、中小企業再生支援ネットワークの創設、パート労働者と正社員の差別待遇を禁止する改正パートタイム労働法、などが挙げられている。

 一方、「ムチ」は、消費税を含む税財制改革や農産物市場の開放など、「痛みを伴う政策」や「改革」のことを言っているらしい。
 具体的には、消費税率上げ、道路特定財源の見直しなど。

■甘いどころか、行なって当然の政策じゃないか

 ムチはともかく、「アメ」と指摘されている部分に疑問を感じる。

 地域間格差の解消や、中小企業対策、不況でまっとうな労働市場から閉め出された人々の救済策が「アメ」か? 
 地方や中小企業、ワーキングプアという、「改革」のシワ寄せで、最も痛みを感じているところ・人たちへの配慮が「アメ」か?
 甘いものどころか、行なって当たり前の政策じゃないか。

 だいたい、「政策」を、アメだのムチだのって。まるで、「政治・官庁=お上」で、国民はドレイみたいな言い方だ。
 ふだんは経済業界紙として、公務員攻撃など、「官」や「公」の弊害を指摘しているはずの同紙が。
 なんだかんだいって、「官尊民卑」な気分から、抜け切れてないのではないか。
 国のあるじは政治家でも官僚でもない。国民だ。

 と、つい、ムキになって憤ってしまった。
posted by 田北知見 at 15:03 | 東京 ☁ | Comment(0) | TrackBack(0) | 時事ネタいじり

2007年05月16日

「アメリカのマクドナルド=ローマ帝国のコロッセウム」説(笑)

 私は古代〜帝政ローマのことに、あまり詳しくはないのだけれど、持論として、
「アメリカのマクドナルド=ローマ帝国のコロッセウム」
説を唱えている(笑)。

■世界の言葉?マクドナルド

 マクドナルドって、世界中にある。
 私も、海外旅行に行った時、機会があれば、なるべく行くようにしている。
 どこでもだいたい同じという安心感があるし、欧米先進国だと、気張らずに入店でき、途上国だと、衛生面や治安面で(ぼったくり等の心配なしに)安心して入店できるので。
 また、国や地域によって、ちょっぴり違いがあって楽しい。

 おフランスのニースでは、コーヒーが飲みたくなったものの、あたりのカフェは、オシャレなお店ばっかりだし、お客も店員さんも、みんなガイジンだし(←当たり前だ。っていうか、フランスでは日本人がガイジン)で、気ぶっせいだなあ、と思っていたら、マック発見。
 コーヒーにありつけたものの、マックのコーヒーのくせに、意外と高かった。でも、さすが、おフランスで、マックのコーヒーのくせに、スタバ並みに美味しかったと記憶している。

 エジプトのカイロには、スフィンクスと向かい合う位置にあると評判(?)の、マックがある。
 私が行ったツアーでは、ギザ地域観光の時は自由時間があまりなかったので、行けなかったが、一応、店の前を通った。
「おお、あれが…!」
と思った。

 台湾に行った時。
 台北市内を1人で歩いていた時、迷子になってしまった。夜で、シャッターが閉まったお店ばかりの地域だった。人通りもあまりなくて、怖くなった。
 マクドナルドの灯りが目に入り、飛び込むように入店した。あいてて良かった。あ、これはセブンイレブンか(笑)。

 香港では、博物館で古代中国の青銅器に夢中になっていたら、ランチの時間をのがしてしまった。しかも、そのあたりは観光客が少なく、あまり飲食店のない地域。
 かなり歩いてマクドナルドの看板を見つけた時には、空腹と疲れで、
「ああ…、もお、ここで充分…」
と入店した。
 帰国後、香港リピーターのかたから、
「あんなに美味しいものがいっぱいある所に行って、マックなんかでゴハン食べるなんて!」
と叱られて(?)しまった。

■ローマ式コロッセウム

 古代ローマ〜帝政ローマ時代に建造された、石造りの円形競技場。競技だけじゃなくて、演劇やコンサートに使用されていた。

 現在は、イタリア・ローマのものが有名だけど、各地にある。
 私が見たのは、イタリアやフランス、シリア、ヨルダンの各地でだが、遺構も含めると、北はイギリス、南はアフリカ北部にまで、あるそうだ。

 私が見ただけでも、どこのコロッセウムも、だいたい同じ構造だ。(専門的には、かなり違いがあるのだろうが)
 使用している石は、その地域の石材産地によって、白かったり、黒っぽかったり。また、大きさもさまざまで、直径の大小、席数、席の段数や角度も、その地域の人口や経済力などによって異なるようだ。
 が、基本的な設計は同じだ。
 石造りで、丸くて、客席は階段状になっている。音響効果を考慮した舞台設定。

 どこへ行っても「基本的に同じ」というのは、金太郎飴っぽくて、文化的な奥行きに欠ける、と見ることもできる。地域の歴史や文化を無視しているともいえる。
 一方で、安心感にもつながる。民族や気候、言葉の異なる場所に行っても、コロッセウムや神殿といった、見慣れたカタチの建物があれば、安心できる。何かひとつ、スタンダードがあれば、コミュニケーションも取りやすい。

■アメリカの時代の終焉?

 一時期、「パックス・ロマーナ」をもじって、「パックス・アメリカーナ」とか言われていた。
 が、その後、いわゆるネオコン系のブッシュ政権が、イラク戦争をはじめとして、世界各地で失策を重ねるとともに、ここへきてアメリカ経済の失速が取り沙汰されている。

 きょう16日付けの日経新聞には、
「企業収益、けん引役は欧・ア」
という記事が載っていた。
 記事によると、企業の2007年3月期決算発表がピークを迎えているが、今回の特徴は、海外需要が収益拡大をけん引したこと。なかでも、景気拡大が続くアジアや欧州などの収益の比重が高まり、従来の、米国頼みの収益構造の変化が鮮明になってきたという。

 ビジネスをはじめ、政治でも行政でも消費生活でも、よく、
「アメリカではこういう状況だが、それに比べて日本ではこういう状況だ。アメリカに比べると○年、遅れている」
とか、
「アメリカでは1人あたり(または、年間とか、1日につき、とか)これだけ消費されているが、日本ではまだ、これだけしか消費されていない。まだまだ需要喚起が(マーケティングが、広告が、周知が、生活水準が、認識がetc)足りない」
といった言い方を、よくする。

 また、農産物の輸入自由化をはじめ、日本国内の「改革」を、黒船とか外圧とか言って、アメリカからのオーダーに応じて行なうことも多い。

 でも、アメリカだけが世界ではないんだけどなあ、と、私は思う。

 きょう発売の『ニューズウィーク日本版』5月23日号の投書ページに、次のような投書が載っていた。
 差出人は、米自動車通商政策評議会代表のステファン・コリンズ氏。同誌の3月14日号の記事「GMを超えるトヨタの未来」に対する反論だ。

「トヨタがGMより低いコストで車をつくれる大きな理由は、日本政府が意図的に為替レートを円安に導いているからだ。
 操作された為替レートのおかげで、日本からの平均的な輸入車は米企業がアメリカ国内でつくった車より、1台につき4000ドルも有利になっている。
 ……(中略)……トヨタや他の日本の自動車メーカーは公正に競争していない。日本政府が円安を通じて間接的に自動車業界を助成しているためだ。……(後略)……」

 この投書の内容が、まったく的外れだとは言わない。
 しかし、私は、取材などをつうじて間接的にだが、日本の自動車メーカー、関連企業、さらに、日本のいろいろなものづくり企業が、どんなに苦労して、知恵と汗をしぼって、より良いものを開発しようとする努力や、より効率的にものづくりをするカイゼンを進めてきたか、知っている。
 なので、上記投書のような意見が、もしも、多くのアメリカ人の一般的な感覚だとすれば、アメリカの時代は終わりに近づき…いや、少なくとも、アメリカ一人勝ちの時代は、終わるのではないか。

 もちろん、アメリカは、世界を代表する大国のひとつであり、「進んだ」国のひとつであることは事実だ。私にとっても、憧れの国のひとつである。
 が、アメリカ一辺倒な姿勢は、これからはもう、いろんな意味でアブナイかも。とくにうちのような、貿易立国では。
posted by 田北知見 at 16:21 | 東京 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | 時事ネタいじり

2007年05月14日

こ・・・怖いっす・・・。まじで。




 歴史上の、恐ろしい瞬間に、立ち会ってしまったのではないだろうか。
 何十年後、何百年後の日本人に(その時、そんな国や国民が存在すれば、の話だが)、
「なんでそんなことになっちゃったの?」
と、訊かれることになるのでは、ないだろうか。
 大政翼賛会も、国家総動員法も、ある日突然、成立したわけではない。
 類似の、一見、やんわりとした内容の法律などができていき、じょじょに、締め付け、締め付け、改悪、改悪、で、数年、十数年、数十年かけて、ああなってしまったのだ。
 ということを、今の日本人の多くは、わかっているのだろうか?
 と、とても不安に思う。
posted by 田北知見 at 15:46 | 東京 ☀ | Comment(1) | TrackBack(0) | 時事ネタいじり

2007年05月11日

『母の日』に ちなんで、マイ母ネタ。

 今年の母の日は5月13日。
 ということで、マイ母ネタ。

■「上司だって人間なんだから」

 私が20代の時。
 当時、勤めていた会社の上司の1人と、そりが合わなくて、困っていた。(その人は、私だけでなく、社内の老若男女ほとんどの人と、そりが合わなかったようだがw)

 母とおしゃべりしている時に、その話をしてみた。(私は東京、母は地元の山口県にいるので、電話で)
 すると、母は、こともなげに言った。
「当たり前じゃない。上司だって人間なんだから、チヤホヤしてくれる部下をかわいがるに決まってるでしょ。学校じゃないんだから、平等に接さなければいけない義務はないのよ」
 目からウロコ、って感じだった。

 彼女は当時、自分自身が上司の立場なので、そう言ったのだろう。
(といっても、彼女自身は、部下の好き嫌いではなく、仕事の、でき・不出来や、能力や、もしできなくても頑張っているかどうか、で判断していたようだが)

 私は、そんな母でヨカッタ、と思った。
 あまり社会経験がなく、仕事の厳しさを知らない人だったら、
「まあっ、その上司さん、ヒドイわね。知見ちゃんは、何も悪くないのに」
とかって言ってただろう。
 そして、子どもはそんなふうに甘やかされて、「僕は悪くないもん! 悪いのは全て、他のヤツらだ!」と思うようになり、自己チューに…。(←イヤ、必ずしもそうとは限らないだろうが…w)
 社会の厳しさ、仕事の厳しさを知っている人が母で、ヨカッタ。

息子は父親の背中を 娘は母親の背中を 見て育つ(?)

 もうひとつ、20代の時。
 その会社に勤め始めて、1〜2年だか、2〜3年だか、経ったころだった。
 なんか、ものすごく、その会社とか、仕事とか、人間関係とか、いろんなことに、げんなりしてしまい、
「辞めようかな……」
と、やはり、電話で母に、言ってみた。

 すると、母はまたもや、さらっと、
「長く勤めてれば、波があって、そういう(ダウナーな)時は必ずあるから。私もあるよ。もうしばらく頑張ってみたら、また気分が変わるかもよ。しばらく続けてみて、それでもダメってことになってから、転職を考えたら?」
とアドバイスをくれた。
 彼女自身、勤めている会社は、その当時で、20年以上、勤め続けていたところだった。(今はもう、退職したけど)

 私は、「そんなもんかな…」と半信半疑だったが、まあ、そのまま、その会社でその仕事を続けた。結果、そんなもんだった(笑)。

 結局、その会社には、10年ちょっと勤めた。
 その後、転職時の面接などのなかで、「10年、ひとつの会社に勤めた」、「10年、専門紙記者を務めた」という事実は、キャリアの信頼性、勤め人としての安定性の証左として、評価されることが何度かあった。

 これがもし、甘アマな母親なら、
「いいのよいいのよ、イヤだったら、お辞めなさいな」
と言ったかもしれない。
 そして、子どもは、イヤだったらすぐ逃げる、何をやっても続かない人間に…。(←またそんな大げさな…w)
 長く仕事を続けていて、しかも継続的に仕事を頑張って、コンスタントに成果を挙げている人が母で、ヨカッタ。

■母の「一部 嘘」(笑)

 ところで、マイ母は1944(昭和19)年生まれ。それくらいの世代の女性、とくに、既婚者で子どものいる女性で、仕事をずっとやってる人って、少なかったと思う。しかも、結構楽しそうに、忙しく、バリバリやってた。

 そのせいか、私と妹(うちは2人きょうだい)は、子供のころ、時々、母に、
「お母さんは、私たちより、仕事のほうが大事なんでしょ」
と拗ねてみせていた。

 すると、そのたびに母は、臆面もなく、
「まあっ! そんなはずないでしょ!? 私が仕事を頑張れるのは、あなたたちがいるからよ! あなたたちのために頑張ってるのよ!」
と、言っていた。

 その、わざとらしいほどのアピール(?)に対し、私は子供心に、
「そおか、お母さんは、やっぱり私たちのことが、一番大事で、かわいいと思ってるのね」
と、ホクホクしていた。

 しかし、自分が大人になって、働き始めてから、気づいた。
「あれは、全くとは言わないが、一部、嘘だったに違いない…」

 だって、仕事って、おもしろいもん。もちろん、大変だし、イヤなこともいっぱいあるけど。
 私には今のところ子どもはいないけど、もしいたら、そして、同じようなことを言われたら、私も同じように答えるに違いない。やはり何といっても自分の子どもはかわいいだろうし、同時に、仕事がおもしろいのも事実だから。
posted by 田北知見 at 13:50 | 東京 ☀ | Comment(0) | TrackBack(1) | 時事ネタいじり

2007年05月03日

憲法記念日によせて

 東京・竹橋にある国立公文書館で『再建日本の出発 〜1947年5月 日本国憲法の施行』展(きょうから、5月22日まで開催)を見た。

 展示の目玉は、日本国憲法の原本だ。
 私は初めてナマで見た。

 また、憲法制定にいたる、さまざまな史料が展示されていて、現在、一部の改憲派の人たちが言う「アメリカからの押し付け憲法」という理屈は、必ずしも的を得ていない、ということが浮き彫りになっている。

 でも、私が最も感動したのは、条文ページ(朱入りだが・・・)のレプリカだ。やはり、第九条のページには、ちょっとジーンときた。
 これが、何百万人という尊い犠牲者を礎にして成立した条文だ。日本が世界に誇れる第九条なんだ、と思った。

 中国では、「戦前・戦時中、われわれは日帝に、こんな酷いことをされました」博物館でさえ、パネルには、「でも、今の日本は違う」と、憲法九条の条文が紹介されているそうだ。
 パキスタン、アフガニスタンでNGO活動等を行なっている医師・中村哲氏らが言う、「丸腰の強さ」。
 イラクから、現地の真実の状況を、命がけでブログで伝えるカーシム・トゥルキ氏の言う、「日本の憲法九条に教えられた、非暴力による抵抗」。
 「現場」の人たちが言うことを、私は信用する。

 生まれた時からおぼっちゃんで、飢えも恐怖も知らない、戦争の本当の恐ろしさも学んだことがない、そんな人たちがどう言おうと。
 良いものは良い。世界遺産に? いいんじゃないの? と私は思うのだが。
posted by 田北知見 at 19:28 | 東京 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | 時事ネタいじり

2007年05月02日

メーデーによせて



 5月1日は「メーデー」だったのだが、私は「そういえば…?」という感じだった。

 報道によると、国内と世界各地で集会などが行なわれたようだ。
 国によって、その内容はだいぶん違うようで、イランでは、賃金の支払いの遅れに対する抗議デモとなったり、イラクでは、「暴動に発展する恐れ」と報道されたり、中国では「労働者の日」を祝ってイベントが開催されたり、と、さまざまだ。

 AFPから掲載した、アメリカのメーデーの報道も、おもしろい。
 不法就労者の権利拡大…。うーむ…。不法、なんでしょう?という気もするが、実際、低賃金で働いてくれる不法移民、不法労働者は、アメリカ国内では、コスト上、都合の良い存在で…、という話を、いくつかの本で読んだことがある。
 別の媒体では、どこの州だったかは失念したが、「不法労働者にも課税を検討」という報道も読んだ。

 アメリカって、いろいろ、すごいっす…(笑)。
posted by 田北知見 at 18:06 | 東京 ☀ | Comment(0) | TrackBack(1) | 時事ネタいじり

2007年05月01日

女性大統領、希望(笑)。



 ワタクシの希望(笑)。
 おフランスはセゴレーヌ・ロワイヤル大統領。
 アメリカはヒラリー・クリントン大統領。

posted by 田北知見 at 16:42 | 東京 🌁 | Comment(1) | TrackBack(0) | 時事ネタいじり

2007年04月24日

エリツィン元ロシア大統領の訃報に接して



 何年か前、ピュリッツアー賞の歴代受賞作品の写真展に行ったことがある。
 有名な、沢田教一のベトナム戦争の写真などを見て、「おお、これが…」とかって、感動した。その前後の写真も見れて(ベタ焼きを見たと記憶している)、これまた感動したりした。

 歴代の受賞作のなかに、ロックに合わせて踊るエリツィン大統領(当時)を写した作品があった。(上の写真とは違うけど・・・)
 私は、
「なんで、これがピュリッツァー賞・・・?」
と思った。
 そして、次の瞬間、気づいた。
「これは、冷戦で、アメリカがソ連に勝った、という戦勝記念写真なのだ」
 大統領の肩書きを持つ、その国のトップが、敵だった国の文化を受け入れたということを、象徴している光景なのだろう、と(私は勝手に)解釈した。

■功罪あるも、憎めないキャラだった?

 訃報に関連して、エリツィン元大統領の、生前の語録やエピソードが、数多く報道されている。
 日本でいうところの、吉田茂や田中角栄のように、功罪・毀誉褒貶いろいろあるだろうが、人気のある政治家だった、ということなのだろう。

 政敵に毒を盛ったり、ジャーナリストを射殺させたり、デモを弾圧したり、ということは、あんまりしなさそうな気がする。(もちろん、政治家だからして、力技を使ったり、悪いことはしていただろうがw)

 たとえば、プーチン大統領がロックを踊ったりする光景は、なかなか想像しにくい。
posted by 田北知見 at 17:44 | 東京 ☁ | Comment(0) | TrackBack(1) | 時事ネタいじり

2007年04月23日

判官びいき

 私は無党派だ。

 もともと、歴史でもスポーツでも何でも、判官びいきの体質(?)なのだが(笑)、数年前、何かの選挙の際に、失言大王の 森 喜朗 首相(当時)が、
「無党派層は、(投票へ行かずに)家で寝ていてくれれば…」
と言ったことがある。
 それ以来、私は、どんな選挙でも、必ず投票に行き、自民党・公明党以外の候補者に投票することにしている。(…しつこいですか…?w)

 私が住んでいる(通勤している)区でも、きのう、区長・区議選挙があった。

 なので、先週は、ずっとうるさかった。
 住んでいるマンションのすぐ下と、会社の入っているビルのすぐ隣に、それぞれ、区議候補者の選挙事務所があったので、かなりうるさかった。
 しかも、よりによって、マンションの近くに事務所を構えた候補者は公明党、会社の近くの候補者は自民党だった。(笑)
 もちろん、私は別の候補者に投票した。
 選挙結果をチェックしたところ、その候補者は当選していた。ヨカッタ。
posted by 田北知見 at 16:45 | 東京 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | 時事ネタいじり

2007年04月16日

人気の、お出かけスポット。

 遅ればせながら、東京ミッドタウンに行った。
 先月30日に、東京・六本木でオープンした、大型商業複合施設だ。

 私はあまり「話題の場所」とか「オープン!」みたいなところは興味がなくて(だって人が多くて疲れるんだもんw)、まず行かないのだが、たまたま機会があって行った。
 飲食店と、服飾店などが、たくさんあった。きれいで、オシャレだった。
 以上。

 ……なんか、やる気のなさ全開……(笑)。

 あんまりオシャレとかに興味ないからだろう。
 六本木ヒルズも何度か行ったし、一時期話題だった、新丸ビルと、その周辺の、丸の内地区のオシャレ街も、何度か行ったことがある。
 自分自身が興味なくても、そういう「人気の、お出かけスポット」には、なんとなく、行く機会があるものだ。

 でも、とくに楽しいとは思わなかった。なんでだろう。恋人や家族などの、好きな人と一緒だと、楽しいのかな…? トホホ(笑)。


posted by 田北知見 at 16:56 | 東京 ☔ | Comment(0) | TrackBack(0) | 時事ネタいじり

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