2008年03月10日

ブリヂストン美術館の『腕を組んですわるサルタンバンク』

 東京・京橋にある『ブリヂストン美術館』へ行った。
 企画展『コレクションの新地平〜20世紀美術の息吹』(4月13日まで)を観に行ったのだが、これまでも、同美術館は何度か行ったことがある。
 印象派を中心に、19世紀〜20世紀初めの作品が充実しているので、私の好みのツボどまんなか(笑)なのだ。

 上記の企画展は全体に良かったが、同館所蔵品で、あらためて、良さを知った作品があった。
 パブロ・ピカソの『腕を組んですわるサルタンバンク』だ。

■ピカソの『腕を組んですわるサルタンバンク』

 サルタンバンク(大道芸人)が腕と足を組んで椅子に座っている絵だ。

 同館所蔵になる前は、著名天才ピアニスト ヴラジーミル・ホロヴィッツ(1904〜1989)の持ち物だったらしい。
 自宅のピアノ室に飾られていたとも聞いた。

 そう聞くと、この絵のサルタンバンクは、ホロヴィッツのピアノに、じっと聴き入っているように見える。
 また、
「このサルタンバンクは、天才ピアニストの奏でるピアノを、ずっと聴いていたんだなあ」
と思うと、クラシック音楽を聴かせた牛の肉がやわらかくなるように、また、熟成中の焼酎がまろやかに美味しくなるように、この絵も、よりいっそう美しさが増すような気がしたのだった。


posted by 田北知見 at 16:35 | 東京 ☁ | Comment(1) | TrackBack(0) | よいこの美術鑑賞

2007年10月15日

フェルメールの絵画『牛乳を注ぐ女』を観た

 東京・六本木の国立新美術館で12月17日まで開催中の、「フェルメール『牛乳を注ぐ女』とオランダ風俗画展」に行った。

 アムステルダム国立美術館の所蔵品から、17世紀オランダ絵画を中心とした、風俗画が展示されていた。

 『牛乳を注ぐ女』は、国内初公開ということで、会場はかなり混んでいた。
 以前にも同じようなことを書いたけど、現地の美術館で観れば、こんなにギュウギュウのなかではなく、ゆっくり観れるんじゃないかなあ、と思った。

 実物を観た感想ですか?
 思ったより、青が、鮮やかだった。
 きちんと修復され、保存状態が良いからだと思う。

 フェルメールの作品は、30数点しか現存していないそうだ。

 数年前、フランス・パリのルーヴル美術館で、確か『レースを編む女』を観た。
 さりげなく展示されていて、とくに人がたかっていることもなく、私は、
「これ…? これだよね…?」
という感じで、じっと観た憶えがある。

 また、アメリカ・ボストンのイザベラ・スチュワート・ガードナー美術館では、盗難に遭った『合奏』の、写真が掲げられていたと記憶している。

 解説にあったけど、17世紀のオランダは、貿易などで、商人をはじめとした市民階級が経済力・文化力をつけてきた時代だそうだ。
 (日本も、貿易相手国のひとつだった)

 なので、絵画も、キッチンで家事をする女性とか、居酒屋で皆でお酒を飲んでいる光景とかの、いわゆる風俗画が盛んだったということだ。
 (日本も、同時期の江戸時代初期、貿易はしてなかったけど、江戸や大坂などで町人階級が経済力や文化力をつけてきた時代だった)

 私が気に入ったのは、人の家のキッチンやお部屋を、ふつうに描いた作品2〜3点。
 さりげない、生活のひとコマという感じで、良かった。
posted by 田北知見 at 16:28 | 東京 🌁 | Comment(0) | TrackBack(2) | よいこの美術鑑賞

2007年05月21日

モネ晩年の作品の迫力

 AFP BBから、プレスリリースをいただいた。
(以前、記者発表にうかがったので、登録されて、時々、リリースのメール配信をいただいているのだ)

 先週、5月14日(月)〜20日(日)の、
『ブロガー人気ニュースランキング トップ10』
では、6位に、
「モネの作風変化、原因は「白内障」――5月18日付け、アメリカ発信」
がランクインしたそうだ。




 記事の中に、コメントとして、
「当時の画家たちは、すばらしく繊細な作品を生み出してきた2人(モネとドガ)の作品が、晩年はけばけばしく荒々しいタッチに変わってしまったと語っていた」
と出ている。

 ドガは私の好みではないのでよく知らないけど、モネの晩年の作品については、
「けばけばしく荒々しいタッチ」
だとは、思わない。

 モネ晩年の『睡蓮』シリーズは、確かに、有名なバージョン、つまり、淡いピンクやブルーの、ほんわりした美しいバージョンのものとは、ちょっと違う。
 私がこれまで見た、モネ晩年の『睡蓮』は、くれない色のような、ごく濃い赤や、赤っぽい茶色などを使い、絵の具に魂を込めてキャンパスにぶつけたような、迫力のある作品群だった。

 それらの作品を描いた頃(晩年)のモネは、目がよく見えなくなっていたと、私はその時すでに聞いていたためか、画面から、モネの、
「見えなくなることへの恐怖や焦燥感」
のような生々しい気持ち、あるいは、
「まだ見えているうちに描きたい」
という、良い意味での執念のようなものを感じて、それはそれで、感動した。
posted by 田北知見 at 16:44 | 東京 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | よいこの美術鑑賞

2007年05月07日

レオナルドって、やっぱ、天才。
――『ダ・ヴィンチ』展を見て

 東京・上野の東京国立博物館で、『レオナルド・ダ・ヴィンチ ――天才の実像』展を観た。(6月17日まで開催)
 連休中だったし、映画・小説の『ダ・ヴィンチ・コード』人気の余波もあったようで、かなり混んでいた。私が行った時は、入場20分待ちだった。

 レオナルドが20代の時に描いた初期の絵画『受胎告知』の展示が目玉だ。

 私はこの作品、イタリア旅行へ行った時に、フィレンツェのウフィツィ美術館で見たことがある。
 その時は、静かな美術館で、人もそう多くはなく、ゆったりと見ることができた。
 が、今回は、ギュウギュウと人に押されながら、係員さんたちが「ハイ、立ち止まらないでください」と連呼する中(上野動物園のパンダの檻の前みたいだ)、とても鑑賞どころの騒ぎではなかった。チェッ。

 何年か前、同博物館に、おフランスのルーブル美術館から、ドラクロワの『民衆を導く自由の女神』が来た時も、見に行った。
 やはり、ギュウギュウで、その絵1枚を見るために、並んで、押されて、かなり大変だったと記憶している。しかも、防弾ガラスか何かの、ガラス越しの展示だった憶えがある。
 その後、実際に、おパリへ旅行して、ルーヴル美術館で見た。多くの名作のなかの1枚、という感じで展示されていて、とくに人がたかっているわけでもない。もちろん、ガラス越しではなくて、ナマ展示。
 ゆっくり見れた。なんか気が抜けた。イヤもちろん、感動的な名作ではあるのだが。

 アウェーとホームの違い? ちょっと違う? 全然違うか。(笑)

■『受胎告知』の聖母マリア、
右腕が不自然に長いのは、なぜか。


 『ダ・ヴィンチ』展でおもしろかったのは、「第2会場」で、いろいろな展示や映像による解説だ。

 まずは、『受胎告知』についての解説映像。
 聖母マリアの右腕が、不自然に長く描かれているのは、なぜか、とか。
 すごくおもしろかった。

 ほかの映像では、ミラノの大公の依頼で、レオナルドが立案した、ミラノの巨大騎馬像の制作計画の詳細を、CGなどで再現。

 この計画自体は、当時のミラノ公国の予算難や、戦争が始まったことにより、まぼろしに終わった。が、高さ7メートル以上になる騎馬像の鋳造を、当時の技術で、どう実行するのか。レオナルドの卓抜したアイデアと、綿密な計画設計は、すごい。
(以前に、本で、「奈良の大仏が当時、どのような工程で造られたのか」を読んだことがある。基本的には、それと同じなのだが、レオナルドの騎馬像鋳造工程は、もう少し、複雑でシステマティックだ。両者の時代は、750年ほど離れているけど)
 会場には、その騎馬像の一部を模した像(本物のブロンズかも?)も展示されている。

 また、レオナルドが考案した、人力飛行機の模型(といっても、実物大)とか。楕円や放物線を描くためのコンパスとか。
 有名な『ウィトルウィウス的人体』の「黄金分割比」の映像説明とか。
 「鏡文字」を再現して、実際に書いているところの映像とか。

 レオナルドが使っていた鏡文字は、当時のイタリア文字(?)を、逆に書いたもの。鏡に映すと、あるいは、紙の裏からすかして見ると、当時のふつうのイタリア文字に見える。
 今回、私は映像を見て初めて気づいたのだが、確かに、左利きの人(レオナルドは左利き)にとって、あの文字(英語の筆記体みたいな感じ)は、右から左に書いたほうが書きやすい。なるほど、と思ったのだった。

 レオナルドの手稿(素描やメモ)は、それだけ見ると、私のようなシロートには、何のことやら、って感じだ。しかし、ああやって、映像や展示で解説されると、改めて、
「なるほど、レオナルドって、ホント、天才だったんだな」
と実感できる。
posted by 田北知見 at 16:04 | 東京 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | よいこの美術鑑賞

2007年01月25日

自然の移ろいと永遠性

 先日、日経新聞に「オルセー美術館展特集」が載っていた。
 ああ…また美術&旅行ネタに走ってしまう……先に謝っちゃおう。すみません。

 同展は、2007年1月27日〜4月8日に東京・上野の東京都美術館でひらかれるもの。フランス・パリにあるオルセー美術館から、有名画家の作品が数多く出展される。

■真逆の、セザンヌと、モネ

 記事には、いろいろなネタ(?)が書かれていたが、私が「おっ」と思ったのは、ポール・セザンヌの作品について書かれている箇所だ。

 セザンヌは、南仏にあるサント・ヴィクトワール山を描いた絵を数多く残している。その理由は、記事によると、
「時の流れに左右されない不変の要素こそ、セザンヌが絵画に取り込もうとしたものだった」
「自然の移ろう表情ではなく、その奥にある本質、揺るがない『永遠』をカンバスに写し取ろうとした」
「太古から泰然とそびえるサント・ヴィクトワールは、絶好のモチーフとなって立ち現れたに違いない」
という。

 私はこれを読んで、
「モネとは真逆なんだ…」
と思った。

 セザンヌと同時代の画家、クロード・モネは、池と睡蓮の絵を数多く残している。さまざまな色調の絵だ。ほかにも、ルーアン大聖堂など、同じ景色を異なる色調で描いた作品が多くある。
 それは、時間や季節などによって移ろう光の色などを、キャンバスに写し取りたかったからだった。

■移ろう光も美しいし、自然の不変性に感動することもある

 数年前、私も、おフランス(笑)旅行中に、南仏のセザンヌのアトリエだった家へ行ったことがある。
 その際、サント・ヴィクトワール山も見たのだが、
「ああ、これが、あの…」
と思っただけだった。(私が、とくにセザンヌのファンというわけではないからかもしれないが)

 その時の私の印象に残っているのは、むしろ、家の周囲にある木々の葉が、風に吹かれてさわさわと揺れている、その美しさだった。南仏の強い陽光でできた木洩れ日が地面に当たって、くっきりとした影とコントラストをつくり、チラチラと動いている、その美しさだった。

 もちろん、セザンヌの描こうとした、自然の不変性や永遠性に感動することもある。

 中東のヨルダンとシリアを旅行した時に見た、モーゼの時代そのままの、見渡す限りどこまでも続く、荒涼とした岩山と砂漠。

 中国の桂林。濃淡の墨でえがかれたような、山と空と川。墨絵そのままの景色だった。

 アメリカのグランドキャニオン。あまりの大きさに、ただただ、呆然とした。そうそう、車でドライブ(移動)した、アリゾナのサボテン砂漠も。(電柱みたいにでっけえサボテンが、地平線にいたるまで、無数に立っている!)

 ヨーロッパへ行く飛行機の窓から見た、赤茶色のユーラシア大陸。シルクロードの一景色だ、と思った。

 エジプトの砂漠。国内線で飛んだ時、時速数百キロの速さで1時間も2時間も飛んでいるのに、ずうっとずうっと砂漠だった。

 ヨーロッパのアルプス山脈もそうだった。飛行機で1時間くらい飛んでも、ずっと見えていたと記憶している。

 飛行機から見た富士山。私が見ることができたのは、ほんの何回かしかないが、一番、印象に残っているのは、逆光を浴びてくろぐろと、雲を突き抜けて、「ぬっ」としか表現しようのない様子で、姿を見せていた時だ。「畏怖」としかいいようのないものを感じて、鳥肌が立った。

 人は(というか、少なくとも私は)、移ろいに美を感じるし、雄大さに畏怖を感じる。やはり、自然は尊敬すべきものなのだと思う。
posted by 田北知見 at 17:36 | 東京 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | よいこの美術鑑賞

2006年12月25日

マンガ『チェーザレ』を読んで、イタリア ネタ

 惣領冬実のマンガ『チェーザレ』1、2巻を読んだ。

 舞台は、15世紀、ルネサンス期のイタリア。当時の政治家、軍人であったチェーザレ・ボルジア(1475〜1507年)をえがいている。
 美しく緻密な絵と、専門家の監修も得た、かなり正確かつ詳細な時代考証が特徴だ。

 バティカンの教皇や枢機卿選挙の権謀術数がおもしろいし、コロンブスやレオナルド・ダ・ヴィンチといった歴史上の有名人が出てくるところは、やはりワクワクする。
 きちんと「人間」や「ドラマ」が、えがかれていて、歴史ものマンガにありがちな、あらすじ小説みたいな「通史解説に絵をつけたもの」ではないので、おもしろい。

■「祈るだけでは解決しない」に感動と共感

 私がいちばん感動したのは、チェーザレが、貧民街で、人々が、教会から施された残飯をあさるのを見て、腐敗した教会や聖職者を批判するシーンだ。
「教育や働く機会を与えずに、ただ施しだけを与えて『神に感謝せよ』とは!」
「その日の生活にも困っている人々に、『祈りなさい』としか言わない。そんなことで腹はふくれないし、暖かい寝床で寝ることもできない」
という意味のことを言う。

 私も、いつも、中世ヨーロッパのキリスト教や、日本の中世〜近世の仏教について書かれたものを読むたびに、思っていた。
「ただ祈るだけでは、事態は解決できないんじゃないか」
「人によっては、心の平安くらいは得られるかもしれないけど」
と。
 さらに、イスラム教も含めて、
「宗教の名のもとに、戦さや殺戮や残虐行為を行なった(行なっている)。宗教ってのは、人を救うためにあるもんじゃないのか?」
とも思っていた。

■以下、またまた美術ネタに走ります、すみません。

 もうひとつ、私のツボにグッと来たのは、美術関係だ。
 バティカンのシスティーナ礼拝堂。マンガに出てきた当時はまだ、ミケランジェロの天井画が描かれていなかったそうだ。

 私は2年ほど前に、システィーナ礼拝堂の天井画を見た。すでに修復が終わっていて、描かれた当時の鮮やかな色などが再現されていた。
 ミケランジェロらしく、もともとかなり肉感的で重厚感がある絵なのに、さらに、鮮やかな彩色の生々しさ。これは……。確かに、当時の僧たちが、
「肉感的すぎる」
「ハレンチだ」
と批判した(イヤ、そういう言葉は使っていないと思うが、まあ、そんなニュアンスってことで…w)のも、わかる気がした。

 さらに、その旅程のなかで、別の日に行った、フィレンツェの美術館で、納得のダメ押しがあった。

 ひとつは、ウフィッツィ美術館で、有名なボッティチェッリの『ヴィーナスの誕生』や『春』をはじめとした、ルネサンス絵画を見た時だ。
 確かに細部はリアルなのだが、その後の17世紀フランドル絵画など、もっとリアルな絵を見慣れている目には、人体のバランスがちょっと変だったり、ポーズが不自然だったりした。

 別の日に行ったアカデミア美術館(だったと思う)で、納得した。
 同美術館には、もちろん、ミケランジェロのダビデ様(笑)がお目当てで行ったのだが、ビザンチン様式の宗教画がたくさんあった(記憶違いだったらすみません、なにせ、美術館、いっぱい行ったので…w)。

 ビザンチン様式の宗教画って、イコンに代表されるように、かなり様式化されていて、私の好きな青池保子のマンガ『エロイカより愛をこめて』では、登場人物が「死後硬直の人を描いた絵」みたいな悪口を言っているくらいだ。

 それを大量に見た時に(日本では、いちどきにゲップが出るほど見る機会はないので)、
「ああ、こんな絵を見慣れていた当時の人たちにとって、ルネサンス絵画は、充分、リアルで衝撃的だったんだろうな」
と納得できたのだった。
posted by 田北知見 at 18:44 | 東京 ☀ | Comment(1) | TrackBack(0) | よいこの美術鑑賞

2006年12月04日

染め物、織り物、陶芸。 伝統と現代、職人と芸術家。

 千葉市にある千葉県立美術館へ行き、『染めと織り』展、『日本のわざと美』展を見た。
 染物や織物を、反物や、実際に着物や帯につくった形で展示していた。また、陶芸や工芸品を展示していた。

■驚異の?染物と織物

 染物は、京友禅・金沢の友禅や、江戸小紋など、織物は、芭蕉布や大島紬、小千谷縮など、それぞれ、各地の有名産地のものを展示していた。

 染物で驚いたのは、まるでツマヨウジで描いた線画のような、繊細な模様の友禅とか。直径1ミリくらいの小さなマルがたくさん染めてある小紋とか。
 糊置きは…どうやってるんだろう…? 型紙は…どうやって作ってるんだろう…?

 織物で驚いたのは、織物と一口に言っても、さまざまな織り方があることだ。
 たとえば、タテ糸は、2本の糸を縒って、その隙間にヨコ糸を通して織っていく手法とか。

 また、たとえば、刺繍のように盛り上がって見える模様があるのだが、実はそれは織った布地に後から刺繍したわけではなくて、織り込んで作った模様だとか。(たぶんホントに刺繍ではないと思う。イタリアの伝統工芸で、やはり同じようなものを見たことがある。シルクのようにつるつると光沢のある布地に、花模様の刺繍が施してある。ように見えるのだが、実は、織り込んであるのだとか。)

 機械でやるなら、簡単にできるのだろうが、
「これを手の技(わざ)でやるなんて…」
と驚き、素直に感動してしまった。

■柿右衛門は白に赤、備前焼きは茶色でザラリ

 陶芸も、日本の代表的な産地と種類のものを展示してあった。

 柿右衛門は、やはりあの白に美しい赤と緑と青が効いている。備前焼きは、茶色くてザラッとしたもの。常滑焼きは、やはし茶色の急須。…等々。

 萩焼は、藁灰釉というのだろうか、白い釉薬がゴボッとたっぷりかけてある、三輪壽雪の作品等が展示されていた。
 私は、萩焼なら、ベージュグレーのつるんとした表面に、繊細な貫入があるタイプが好きなので、ちょっと残念。

■今様の……

 染物・織物も、陶芸も、展示されているのは、(記憶によると)おおむね戦後〜平成に入ってからのものだった。
 なので、伝統的な技法等を守りつつも、デザインなどには現代的なセンスが反映されている。そこがまた良かった。

 たとえば、友禅というと、私の中では、ピンクの地に、かわいらしい花模様が入っていて、甘ったるい…という貧困なイメージしかなかったのだが、今回の展示で、シックな色味や、植物を図案化したようなモダンな模様のものを見て、認識を改めたりとか。

 たとえば、宮古上布などの織物は、昔ながらの(ダサい←失礼)絣模様とかのイメージしかなかったのだが、今回の展示で、かなり現代的な柄行のものを見て、認識を新たにした。

 伝統を活かし、かつ現代のセンスやニーズに合ったものを創っている。創り手の方々は、職人で、かつ芸術家なのだなあ、と思った。
posted by 田北知見 at 13:45 | 東京 ☀ | Comment(0) | TrackBack(3) | よいこの美術鑑賞

2006年11月10日

安野光雅の絵の魅力

 先月の下旬に東京・日本橋高島屋でひらいていた『安野光雅の世界展』は、とても良かった。
 私は寡聞にして知らなかったのだが、安野作品には、『平家物語』といった和風の絵や、だまし絵などもあることを、今回初めて知った。

 どの絵もとても美しくて、思わず、目録(というのかな、展示作品を簡易な画集にしたような本)を買ってしまった。
 目録や画集は、美術館や展覧会へ行くたびに買っていたら、お金がいくらあっても足りないし、置くスペースもないので、普段は絶対に買わないようにしている。いつもは、その日いちばん気に入った作品の絵ハガキを1枚か2枚だけ、買うようにしている。(←ケチだなあw)
 が、今回はダメ。気に入った絵が多すぎて、選べなかった。

 私が安野作品にハマったのは、10年か20年くらい前、JALの機内誌で、米ニューイングランド地方の絵を見て以来だ。
 飛行機に乗るたびに見るのを楽しみにしていて、画集(といっても薄い絵本のような感じ)が出るとすぐに買った。
 また、確かその時期に、やはり百貨店で関連の展覧会がひらかれたと記憶している。もちろん見に行った。印刷物よりも、さらに、鉛筆(だと思う)の微妙な線や、水彩の色のつき方が美しく、うっとりと眺めたものだった。

 安野作品の魅力は、語り尽くされているが、やはり、繊細な美しさだろう。
 そして、どの作品もコンスタントに美しく、完成度の高い点だ。私のような、かなり好き嫌いが多い人間でも、「一番」が選べないのだから。
posted by 田北知見 at 18:19 | 東京 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | よいこの美術鑑賞

2006年10月27日

絵画←→風景

 東京・上野の国立西洋美術館で『ベルギー王立美術館展』を観た。

 目玉のひとつは、ブリューゲルの『イカロスの墜落』。
 しかしテーマであるはずのイカロスは、画面の隅のほうに小さく描かれている。ボチャン!という感じで海に落ちたところで、海面には脚しか出ていない。なんかトホホな感じだ。
 絵の主役は、黙々と農作業を行なっている農夫だ。そして、広い海と空。
 この絵ついて、専門家はいろいろな解釈をしているのだろうが、私には、ブリューゲルが、
「空を飛ぶなんて非現実的で、神や大自然に対して畏れ多いことだ。そんなことより、まじめに働くのが一番さ」
と言っているように見えた。

■絵よりも風景が先だ

 以前、『ナショナル・ジオグラフィック』で、オランダの冬の風景として、凍った湖で、たくさんの人がスケートを楽しんでいる写真を見たことがある。その時、私は、
「ブリューゲルの絵みたいだな」
と思ったのだった。
 そして気がついた。
「いや、違う。実際の風景が先に存在して(ブリューゲルの絵と、雑誌の写真では400年以上、隔たっているけど)、それが絵になってるんだ」

 イタリアのヴェニスに旅行した時、海と建物の風景を見て、
「あ、モネの『ヴェネツィアの黄昏』みたいだ」
と思い、
「いや違う、この風景が先に存在していて、これをモネは腐心して絵に再現したのだ」
と気がついた。

 南フランスに旅行した時。
 港の風景を見た時、セザンヌのアトリエで濃い影をつくる木漏れ日を見た時、
「あ、印象派の絵そのままだ」
と思った。
 これも、風景が先に存在して、それを画家たちは苦労して絵に写し取ろうとしたのだ。

 今回、上記の展覧会で、イギリスの画家ターナーの描いた、ロンドンのウォータールー橋の絵を見た。ベルギーの画家(すみません、名前忘れました)が描いたウォータールー橋も展示されていた。
 同美術館では、常設展に、モネの描いたウォータールー橋もある。
 3作品とも、彼らの他の絵と同様に(ベルギーの画家についてはよく知らないのだが)、やはり、画面は、けぶったようにボワーンとしている。
 私はロンドンを旅行したことはないのだが、やはりこの絵のようにボヤーンとしているのだろうか。
 いつか行って、この目で確かめてみたい。
posted by 田北知見 at 17:50 | 東京 ☁ | Comment(1) | TrackBack(1) | よいこの美術鑑賞

2006年09月26日

豪快でちょいユーモラスな風神雷神と、繊細な秋草の絵。両方いいっす。

 東京・丸の内の出光美術館で、『国宝 風神雷神図屏風』展を見た。(同展は10月1日まで)
 俵屋宗達が桃山時代〜江戸時代初期に描いたとされる『風神雷神図屏風』(京都市の建仁寺蔵)と、尾形光琳によるその模作(東京国立博物館蔵)、さらにその光琳画を、幕末に酒井抱一が模作した作品(出光美術館所蔵品)の、3つの風神雷神図屏風が一堂に会しているというので、見に行かなければソンだ(笑)と思った。
 滅多に見れないものを見て、「眼福、眼福」と思った。

 併設展の『秋草図』展が、また良かった。
 琳派らしい華やかな金箔地に、銀色の月、すすき、萩、桔梗…。ああ、美しい、とうっとりした。
 同時に、うすい色で描かれた秋草図も展示されていた。草なんか、すうっと一筆で描かれていたりして。
「こういうのも、琳派というのか」
と、今回初めて知った。(または、お題に「草稿」とついていたので、下書きとか習作とかかもしれない。)
 浅学な私のイメージでは、琳派って、あの有名な紅梅図やかきつばたの絵のイメージで、金箔の地に、鮮やかな色で花とかが描かれている様式だと思っていた。
 もちろん、「淡色の琳派」も美しかった。
posted by 田北知見 at 11:58 | 東京 | Comment(0) | TrackBack(0) | よいこの美術鑑賞

2006年09月25日

西太后の美と健康に、あやかりたい(?)

 日本橋高島屋ホールで『北京故宮博物院展』(9月25日までで終了)を見た。西太后と清朝のラストエンペラー溥儀の生活や生き様を切り口に、同博物院の文物のなかから清朝末期のものを展示していた。
 展示物自体はそう驚くようなものは少なかった(偉そうで、すみません)。ほかの来場者が「良い物は台湾のほうにあるのかな」と言っていたが、そうかもしれない。また、あんまり良い物は貸し出してくれなかったのかもしれない(笑)。

 展示物のなかで私が目を引かれたのは、西太后らの靴だった。小さめだが、けっして不自然な小ささではなかった。纏足の風習はもう廃れていたのかな、とか、清朝は北方民族系だからもともとそんな風習はなかったのかな、とか思った。
 それと、溥儀の自転車と眼鏡。
「溥儀がこれを実際に使ってたんだ…」
うわー…、と思ってしまった。

 いつも私は、ああいうものをナマで見ると興奮でゾクゾクする。
 10年くらい前、台北の故宮博物院に行った時は、甲骨文字が書かれた甲羅や鹿角を見て興奮した。いま私たちが使っている文字の源流が、数千年の時を経て、目の前にある。そう思うと、ぶわっと鳥肌が立った。

 高島屋の博物院展では、実際の文物を使って再現された執務室(というか、謁見の間みたいなの)も、印象に残った。
 皇帝の椅子があり、その後ろに御簾があって、西太后が座った席がある。西太后は、日本の摂関政治や院政のように(厳密には違うが、まあ大雑把に言って)、自らは皇位に立たなかったが、実質、国政を行なっていたそうだ(『垂簾聴政』と言うらしい)。
 再現された執務室を見て、ちょっと西太后の気分を想像してみた。これまた興奮した(笑)。

 また、展示説明では、西太后の美容や健康についても書かれていて、おもしろかった。特製のお肌栄養クリームのようなものを使っていたとか、食べ物や虫歯に気をつけていたおかげで晩年まで元気で美貌を保っていたとか。
 真珠をすりつぶして作った美容薬も見た。よく、昔の中国では美容のために真珠をすりつぶしたり酢に溶かしたものを飲んでいた、という俗説を聞いたことがあったが、あれは本当だったらしい。

 私も彼女の強さや美しさにあやかりたいものだ(笑)、と思った。いろいろ勉強になった。
posted by 田北知見 at 17:50 | 東京 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | よいこの美術鑑賞

2006年09月20日

今でもよく見るシーン

 連休中に、東京・竹橋の東京国立近代美術館で『モダン・パラダイス展』を観た。
 展示されている絵自体はそう目新しいものではない(偉そうですね、すみません)のだが、ゴーギャンと萬鉄五郎とか、モネと菱田春草とか、おもしろい組み合わせというか、比較みたいな感じで展示をしてあった。

 私がハッとしたのは、常設展のほうの作品だった。以前に行った時と、展示作品が一部変わっていた。

 ひとつは、アメリカの写真家の作品。
 タイトルは『星条旗を持った愛国青年』みたいな題名だったと思う(うろ覚えですみません。以下に述べる内容も、記憶と勝手な推測だけを頼りに書いているので、間違ってたらすみません)。
 軍服を着た白人の青年が、星条旗を握りしめ、薄笑いのような、呆然としたような表情を浮かべている。瞳孔は開いたように見え、ちょっとゾッとする感じ。
 作品は1960年代のものなので、ベトナム戦争に行って正気を失った人なのかな、とか、逆に、記者会見か何かで「ベトコンを○○人、殺してやったぜ」と意気揚々と言っているところかな、と思った。
 いずれにしても、私はゾッとした。

 もうひとつは、日本の絵で、題名は『犠牲者』。
 血まみれでボロボロになった人が、手を縛られて吊るされている。画面の端には、鉄格子の嵌まった窓が描かれている。写実的ではなく、人物は、少し抽象的にというか印象派的にというか、ぼやかされているが、一目で、拷問に遭った人だとわかる。
 描かれたのは、1930年代だった。その時代に、よくこんな絵を発表できたな、と、まずそれに驚いた。たぶん、中国大陸か朝鮮半島で、軍人が現地人を拷問した絵なんだろうと思ったのだ。
 しかし、窓の部分を見ると、日本っぽい。
「……?」
 近くに、一緒に展示されている絵と版画を見てわかったのだが、たぶん、これは労働運動か何かをしている人が、特高か何かに拷問された絵なのだろうとわかった。
 この人物は、このあとどうなったんだろう。いや、もうこの絵に描かれた時点で亡くなっていたのかもしれない。
 この絵を描いた人物は、当時これをどこかで展示発表したのだろうか。それともずっと公にはせずに持ち続けたのだろうか。どんないきさつを経て、今ここに展示されているのだろうか。
 などと、いろいろ思ってしまった。

 その絵の近くに展示されていた版画は、小さな3枚組だった。1枚目はたぶん、ビラ撒きかアジテーションか何かをしている画。2枚目は確か、検挙か拷問のシーンだった。3枚目は、亡骸になって戻ってきたその人物に、母親か妻らしき女性が取りすがって泣いているところだったと思う。
 3枚目の画みたいなシーンは、今でもよく見る。イラクやパレスチナやレバノンの、空爆やテロのニュースの映像で、よく見る。タイでも見ることになるのだろうか。見たくはないのだが。
posted by 田北知見 at 11:06 | 東京 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | よいこの美術鑑賞

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