2008年06月23日
途上国では、スタンダードな運搬・乗用手段らしい。
中東ヨルダンに行った時、ロバに乗ったことがある。
小さいし、かなり揺れるので乗りにくい。実際に落ちたりはしなかったけど、落ちそうで、こわかった。
山の上の遺跡だったのだが、地元の人たちは、ゴツゴツした岩と砂の、道もないような斜面でも、ふつうに乗っていた。すごいと思った。
エジプトでは、ロバに山のように草(あるいは野菜かも)を乗せて運んでいる風景を、しょっちゅう見た。
ケニアでも、やはりロバはスタンダードな運搬手段・乗物なのだろうか。
行って、見てみたい。
2008年04月16日
密猟と保護施設と、……。
密猟と動物の密輸については、ジェイムズ・W・ホールの小説『大密林』(北澤和彦 訳)で読んだことがある。アジアでの舞台はベトナムではなく、おもにボルネオ(マレーシア)だったが。
フィクションだけど、密猟・動物密輸の残酷さは、充分に伝わってきた。
*
何年か前、ボルネオに行った時、オランウータンの保護施設を少しだけ見る機会があった。親とはぐれたり、親がアクシデントとかで死んでしまって、路頭に迷った子供たちを保護して、ある程度まで育て、その後、森に放すための施設だった。
説明は英語だったので、あんまりよく解らなかったけど…(笑)。
*
上記報道動画で、爬虫類(カメレオンみたいな、トカゲのでっかいの)の口を開けて、虫のエサを詰め込んでやっている映像を見て、先日行った、ヘビ専門の動物園?を思い出した。
そこでは、「ハブの採毒実演」をやっていた。
係員さんが、ハブを掴んで口をパカッとあけさせ、毒を絞り出すのだ。目測で、50ミリリットルくらい?絞り出していた。
ハブの毒って、スゴイんだなと思った。
*
3つの話、とくに整合性もオチもありません。すみません…。
2008年03月24日
或る優秀かつ責任感の強い女性の一生――『天璋院 篤姫』展を見た。
東京・両国の江戸東京博物館で、『天璋院 篤姫』展を観た。(4月6日まで)
駅貼りポスターで、天璋院の、きりっとした姿、きかぬ気の強そうな顔と、
「女の道は、前へ進むしかない、
引き返すのは恥でございます。」
という言葉(キャッチコピー)にシビれて、観に行きたかったのだ。
(以前、西太后展やモンゴル競馬の時も書いたが、私はやはり、気の強い女性が好きだ。W)
■篤姫 波乱万丈の人生
天璋院 篤姫は、幕末の1835(天保6)年に、薩摩で生まれた。
1856(安政3)年、21歳で徳川将軍家定の正室として輿入れ。
そのために、彼女はまず薩摩藩主 島津斉彬の養女となり、さらに、右大臣 近衛忠煕の養女となっている。
当時、こうしたことは珍しくはないけれど、やはり、徳川家から島津家へ「正室を」との話があった時に、上記のややこしい手続きを踏んででも、「ぜひ彼女を」となったのは、一門のなかでも、彼女の賢さ、優秀さゆえなのだろう。
というのは、当時、家定の次の将軍候補として、紀州藩の家茂と、一橋慶喜の名が挙がっており、一橋派だった斉彬は、篤姫に、大奥からの幕府工作を期待していたらしい。
しかし、婚礼から、たった1年半後に、家定は病死。篤姫は23歳の若さで未亡人になってしまう。同年、斉彬も死亡。
篤姫は、期待された幕府工作に力を発揮できず、それどころか、江戸城内(夫)と地元薩摩(養父)の、両方の後ろ盾を失い、どんなに落胆しただろう。
「この先、生きる甲斐は、あるのだろうか」
と思ったのではないか。
しかしその後、次の将軍 家茂の後見役として、公武一和に側面から尽力。
また、家茂上洛時には、家茂の正妻 和宮とともに、将軍不在の江戸城の留守をあずかったという。
さらに時代は変遷し、戊辰戦争に際しての江戸城無血開城や、徳川家安堵にも、側面から尽力したようだ。
「官軍隊長宛 書状」なんかは、読んでて思わず涙ぐんでしまった。
■「なんで私が」と思わなかっただろうか
篤姫は、藩主一門のお嬢様として生まれ、ふつうだったら、蝶よ花よで育てられ、そのまま奥様となって、何の苦労もない人生が送れたはずだ。
なのに、賢く優秀で、責任感の強い人だったために、なんだか大変な人生を送ることになってしまった。
結婚して、あっという間に夫に先立たれた時、
実家の一門あてに、婚家の者たちの助命嘆願を行なった時、
「なんで私が」
と思わなかっただろうか。
いや、彼女のことだからきっと、
「これが私の人生なのだ」
と、運命から与えられた役割を、一生懸命、まっとうしたのだろう。
駅貼りポスターで、天璋院の、きりっとした姿、きかぬ気の強そうな顔と、
「女の道は、前へ進むしかない、
引き返すのは恥でございます。」
という言葉(キャッチコピー)にシビれて、観に行きたかったのだ。
(以前、西太后展やモンゴル競馬の時も書いたが、私はやはり、気の強い女性が好きだ。W)
■篤姫 波乱万丈の人生
天璋院 篤姫は、幕末の1835(天保6)年に、薩摩で生まれた。
1856(安政3)年、21歳で徳川将軍家定の正室として輿入れ。
そのために、彼女はまず薩摩藩主 島津斉彬の養女となり、さらに、右大臣 近衛忠煕の養女となっている。
当時、こうしたことは珍しくはないけれど、やはり、徳川家から島津家へ「正室を」との話があった時に、上記のややこしい手続きを踏んででも、「ぜひ彼女を」となったのは、一門のなかでも、彼女の賢さ、優秀さゆえなのだろう。
というのは、当時、家定の次の将軍候補として、紀州藩の家茂と、一橋慶喜の名が挙がっており、一橋派だった斉彬は、篤姫に、大奥からの幕府工作を期待していたらしい。
しかし、婚礼から、たった1年半後に、家定は病死。篤姫は23歳の若さで未亡人になってしまう。同年、斉彬も死亡。
篤姫は、期待された幕府工作に力を発揮できず、それどころか、江戸城内(夫)と地元薩摩(養父)の、両方の後ろ盾を失い、どんなに落胆しただろう。
「この先、生きる甲斐は、あるのだろうか」
と思ったのではないか。
しかしその後、次の将軍 家茂の後見役として、公武一和に側面から尽力。
また、家茂上洛時には、家茂の正妻 和宮とともに、将軍不在の江戸城の留守をあずかったという。
さらに時代は変遷し、戊辰戦争に際しての江戸城無血開城や、徳川家安堵にも、側面から尽力したようだ。
「官軍隊長宛 書状」なんかは、読んでて思わず涙ぐんでしまった。
■「なんで私が」と思わなかっただろうか
篤姫は、藩主一門のお嬢様として生まれ、ふつうだったら、蝶よ花よで育てられ、そのまま奥様となって、何の苦労もない人生が送れたはずだ。
なのに、賢く優秀で、責任感の強い人だったために、なんだか大変な人生を送ることになってしまった。
結婚して、あっという間に夫に先立たれた時、
実家の一門あてに、婚家の者たちの助命嘆願を行なった時、
「なんで私が」
と思わなかっただろうか。
いや、彼女のことだからきっと、
「これが私の人生なのだ」
と、運命から与えられた役割を、一生懸命、まっとうしたのだろう。
2008年03月19日
映画『燃えよ! ピンポン』の試写会に行った。
映画『燃えよ! ピンポン』の試写会に行った。(3月22日公開)
アメリカのコメディ映画だ。
結論からいう。
すんっごく、おもしろかった。
■極上のエンターテインメント映画
ストーリーは、もと天才卓球少年、いまはメタボ卓球芸人の主人公が、FBIの依頼を受けて、卓球の「裏」世界選手権?に出場…という話だ。
笑いにつぐ笑い。カンフー・アクションあり、ホロリとさせるシーンあり。ちょっとロマンスも入っていて、極上のエンターテインメント映画に仕上がってると思った。
物語の舞台も、制作も、生粋のアメリカ映画なのだが、全編、かなり中国テイスト。
でも、世界選手権?の、会場や出てくるキャラクターは、日本風とか、アジアンテイストがごちゃ混ぜになってる。
ゲイシャ・ガール風の女性や、スモウ・レスラー風の男性が出てきたり。
■ステレオタイプな日本人像?
日本代表?の選手は、登場時に、サムライ・スウォードで気合一閃、ピンポン玉をまっぷたつにしたり。
試合の時は、素っ裸に、まわし1本だし。
「あ〜、日本って、こういうイメージなんだ…」
と思った。(笑)
というか、わざとステレオタイプに、おもしろおかしく、えがいてるんだと思うけど。
ドイツの選手は、一瞬、SSふうの歩き方をしたり。
アメリカの選手は、マイク・タイソンかボブ・サップか?みたいな、マッチョなアフリカ系男性だったり。
接待役で出てくる、ハンサムで体格が良くて陽気なゲイたちも、「ん〜、アメリカっぽ〜い」という感じだ。
また、ちょこっと出てくる、日本人・日系人俳優に、日本人の観客(私)としては、スルドク反応してしまった。
マシ・オカ、初めて見た。
彼が出てるアメリカのドラマ『ヒーローズ』、話題になってるとは知ってるんだけど、見たことはなかったので…。
それと、やはりチョイ役で出てた人。辮髪ふうのヘアスタイルと、ゴツい顔つきから、てっきり中国系アメリカ人だろうと思ってた。
エンドロールを見てたら、「ケイリー・ヒロユキ・タガワ」とあって、「あ、日本人/日系人なんだ」とビックリしたのだった。
とにかく、おもしろい映画だ。オススメです。
アメリカのコメディ映画だ。
結論からいう。
すんっごく、おもしろかった。
■極上のエンターテインメント映画
ストーリーは、もと天才卓球少年、いまはメタボ卓球芸人の主人公が、FBIの依頼を受けて、卓球の「裏」世界選手権?に出場…という話だ。
笑いにつぐ笑い。カンフー・アクションあり、ホロリとさせるシーンあり。ちょっとロマンスも入っていて、極上のエンターテインメント映画に仕上がってると思った。
物語の舞台も、制作も、生粋のアメリカ映画なのだが、全編、かなり中国テイスト。
でも、世界選手権?の、会場や出てくるキャラクターは、日本風とか、アジアンテイストがごちゃ混ぜになってる。
ゲイシャ・ガール風の女性や、スモウ・レスラー風の男性が出てきたり。
■ステレオタイプな日本人像?
日本代表?の選手は、登場時に、サムライ・スウォードで気合一閃、ピンポン玉をまっぷたつにしたり。
試合の時は、素っ裸に、まわし1本だし。
「あ〜、日本って、こういうイメージなんだ…」
と思った。(笑)
というか、わざとステレオタイプに、おもしろおかしく、えがいてるんだと思うけど。
ドイツの選手は、一瞬、SSふうの歩き方をしたり。
アメリカの選手は、マイク・タイソンかボブ・サップか?みたいな、マッチョなアフリカ系男性だったり。
接待役で出てくる、ハンサムで体格が良くて陽気なゲイたちも、「ん〜、アメリカっぽ〜い」という感じだ。
また、ちょこっと出てくる、日本人・日系人俳優に、日本人の観客(私)としては、スルドク反応してしまった。
マシ・オカ、初めて見た。
彼が出てるアメリカのドラマ『ヒーローズ』、話題になってるとは知ってるんだけど、見たことはなかったので…。
それと、やはりチョイ役で出てた人。辮髪ふうのヘアスタイルと、ゴツい顔つきから、てっきり中国系アメリカ人だろうと思ってた。
エンドロールを見てたら、「ケイリー・ヒロユキ・タガワ」とあって、「あ、日本人/日系人なんだ」とビックリしたのだった。
とにかく、おもしろい映画だ。オススメです。
2008年03月13日
きょうの日経文化面
きょう13日付け日本経済新聞 朝刊の文化面(最終ページ)は良かった。
■ 王羲之『蘭亭序』展
右肩(紙面の右上位置)は、王羲之『蘭亭序』展についての記事だ。
現在、東京・上野の東京国立博物館と、東京・根岸の台東区立書道博物館で、上記関連品・資料の展覧会がひらかれているという。
私も今まで、あちこちの博物館や美術館で王羲之の摸本・拓本(たぶん…。シロートなので、コピーや模写とかでも、私には見分けがつかないのだ…とほほ)を見たことがある。
私には書の良さや何かはサッパリ分からないので、
「ほう…これが『書聖』の字なのか…」
と思うくらいだ。シロート目には、
「みょうなクセがなくて、だから時代を超えて好まれるのかな」
くらいしか、分からない。
というわけで、もし機会があったら、同展を見てみよう。
たぶん、いろいろ解説もついてるだろうから、良さが理解できるようになるかも…?
■エクストリームアイロニング
紙面のまんなかには、「エクストリームアイロニング」を行なっている松澤等 氏の記事が載っていた。
エクストリームアイロニングは、「山岳登頂し、その場でシャツにアイロンをかける」という、英国生まれのスポーツ?なのだそうだ。
松澤氏は言う。
「厳しい環境下でアイロン、という組み合わせをバカバカしい冗談と思われることも少なくない」
「『なぜ?』と問われると僕はこう答える。『そこにしわがあるから』」
また、おもしろかったのは、次の箇所だ。
「同じスポーツなのに国民性の違いがあり、欧州人はより高い山、より深い水深というように記録を狙い、米国や南半球の愛好者は切り立った岩肌などスリルを求める」
「僕ら日本人は、アイロン掛けという日常行為を大自然に持ち込むことで得られる癒やしや達成感、自然との調和を求める。禅や茶道の野点に近いものを感じている」
■私の履歴書
左肩は有名&人気コーナー『私の履歴書』。
現在は、潮田健次郎 住生活グループ前会長の連載中だ。
目下、創業から、会社が軌道に乗るまでの、資金繰りなどが大変なところ(1950〜60年代)に来ている。
実はきのう付けの記事中、次のような箇所があった。
「当時の私(潮田氏)は、重いリュックを背負って山の絶壁を登っていたようなものだ。リュックの中には家族や従業員の生活、取引先の債権などがぎっしり詰まっている」
「人はなぜ危険を承知で山に登るのか。…要は山登りが好きでたまらないということだろう」
私はこれを読んで、
「え? 家族や従業員は、あなた(潮田氏)の重荷ではなく、あなたを支えたり、押し上げたりする存在ではないのか?」
「パーティーを組んでいるのではなく、自分ひとりで登っているつもりなのだろうか?」
と、気になっていた。
しかしきょう付けの記事で、次の箇所を読んで、ホッとした。
「従業員に対する考え方が大きく変わった。それまでは『この会社は創業した私のものだ。…不満なら、よその会社に行けばいい』という思いがあった」
「しかし、…『従業員は私を頼りにしている…とことん面倒をみよう』と考えるようになった」
経営シロートの私にも、
「そういう意識でないと、たぶん同社はその後、あそこまで大きくならなかっただろうな」
と思えるので。
■商工中金の広告
そして、下の広告欄は、商工中金。
イメージキャラクターは、吹石一恵ちゃん。かわいい…(
)。
■ 王羲之『蘭亭序』展
右肩(紙面の右上位置)は、王羲之『蘭亭序』展についての記事だ。
現在、東京・上野の東京国立博物館と、東京・根岸の台東区立書道博物館で、上記関連品・資料の展覧会がひらかれているという。
私も今まで、あちこちの博物館や美術館で王羲之の摸本・拓本(たぶん…。シロートなので、コピーや模写とかでも、私には見分けがつかないのだ…とほほ)を見たことがある。
私には書の良さや何かはサッパリ分からないので、
「ほう…これが『書聖』の字なのか…」
と思うくらいだ。シロート目には、
「みょうなクセがなくて、だから時代を超えて好まれるのかな」
くらいしか、分からない。
というわけで、もし機会があったら、同展を見てみよう。
たぶん、いろいろ解説もついてるだろうから、良さが理解できるようになるかも…?
■エクストリームアイロニング
紙面のまんなかには、「エクストリームアイロニング」を行なっている松澤等 氏の記事が載っていた。
エクストリームアイロニングは、「山岳登頂し、その場でシャツにアイロンをかける」という、英国生まれのスポーツ?なのだそうだ。
松澤氏は言う。
「厳しい環境下でアイロン、という組み合わせをバカバカしい冗談と思われることも少なくない」
「『なぜ?』と問われると僕はこう答える。『そこにしわがあるから』」
また、おもしろかったのは、次の箇所だ。
「同じスポーツなのに国民性の違いがあり、欧州人はより高い山、より深い水深というように記録を狙い、米国や南半球の愛好者は切り立った岩肌などスリルを求める」
「僕ら日本人は、アイロン掛けという日常行為を大自然に持ち込むことで得られる癒やしや達成感、自然との調和を求める。禅や茶道の野点に近いものを感じている」
■私の履歴書
左肩は有名&人気コーナー『私の履歴書』。
現在は、潮田健次郎 住生活グループ前会長の連載中だ。
目下、創業から、会社が軌道に乗るまでの、資金繰りなどが大変なところ(1950〜60年代)に来ている。
実はきのう付けの記事中、次のような箇所があった。
「当時の私(潮田氏)は、重いリュックを背負って山の絶壁を登っていたようなものだ。リュックの中には家族や従業員の生活、取引先の債権などがぎっしり詰まっている」
「人はなぜ危険を承知で山に登るのか。…要は山登りが好きでたまらないということだろう」
私はこれを読んで、
「え? 家族や従業員は、あなた(潮田氏)の重荷ではなく、あなたを支えたり、押し上げたりする存在ではないのか?」
「パーティーを組んでいるのではなく、自分ひとりで登っているつもりなのだろうか?」
と、気になっていた。
しかしきょう付けの記事で、次の箇所を読んで、ホッとした。
「従業員に対する考え方が大きく変わった。それまでは『この会社は創業した私のものだ。…不満なら、よその会社に行けばいい』という思いがあった」
「しかし、…『従業員は私を頼りにしている…とことん面倒をみよう』と考えるようになった」
経営シロートの私にも、
「そういう意識でないと、たぶん同社はその後、あそこまで大きくならなかっただろうな」
と思えるので。
■商工中金の広告
そして、下の広告欄は、商工中金。
イメージキャラクターは、吹石一恵ちゃん。かわいい…(
2008年03月11日
「人里ちかくまで来る動物」について。
ホッキョクグマ、動きとかが、なんか人間っぽい。
「ごろ〜ん、まふ〜ん」
みたいな感じで寝転がっているところなんて、かわいい。
活動家の説明で、
「何度も街へ戻ってきて問題を起こすクマには、鎮静剤を使う」
とかってところも、動物というより、人間に近い扱いをしているように見える。
ホッキョクグマが街へ出没するのは、やはり温暖化とかの影響なんだろうか?
それとも、一般的に、冬はやはりエサが採れにくいので、人里ちかくまで来ちゃうということなのか。
数年前、北海道の釧路〜網走〜知床を旅行した時、エゾシカについて、同様の話を聞いた。
ふだんは山の中にいるのだが、冬はエサが採れにくいので、人里ちかくまで降りてくるそうだ。
私も実際に、何度か見た。雪のなかで、木の皮?とかをバリバリ食べてた。
また、以前、聞いた話だが、群馬県かどこかの、奥地の温泉地で、露天風呂に入っていたら、サルやカモシカが近くまで来たそうだ。
「さすがカモシカだけあって、美しい脚をしていた」
という話だ。(笑)
他のサイトでは、中国で、(天然の)パンダが、人の住んでいる村まで来ちゃって、村は大騒ぎ、みたいなニュースも見た。
家のドアをあけると、目の前にパンダがいて、「アイヤー、大熊猫!?」と驚く村人。
とかって、想像すると、可笑しい。
現地の専門家が、
「エサを採っていて、道に迷ったのではないか」
と、真顔でコメントしていたのも、可笑しかった。
2008年03月07日
ペンギンのベイブちゃん誘拐事件。
そ…そんな…。
心配だなあ…。(汗)
2008年02月18日
モン・サンミシェルの、羊の思ひ出。
モン・サンミシェル、何年か前に、一度、ツアーでだが、行ったことがある。(定番コースですよね)
報道画面にも写っているが、途中に、湿地のような、草っぱらみたいな広い場所が広がっていて、羊がいっぱい放牧されていた。(今はどうかわかんないけど)
羊は、毛の部分がふかふかで白く、顔(さすがおフランスの羊だけあって、小顔)と脚が黒いやつだ。すごくかわいい。
私もツアーのほかの人たちも、
「きゃ〜、かわい〜」
みたいな感じだった。
モン・サンミシェルに着き、ランチになった。
出てきたのは、羊肉を焼いた料理だった。
私もツアーのほかの人たちも、
「あ…、もしかして、これは、さっきの…?」
と思った。
ありがたく、おいしくいだだいた。ごちそうさまでした。(合掌)
2007年09月10日
モンゴル旅行 つれづれぐさ(3)
騎馬隊イベント、馬頭琴コンサート
2007年8月4〜12日に行った、モンゴル旅行の印象記。
第1回と第2回から、間があいてしまったが、今回は3回目だ。
■ 騎馬隊イベント
モンゴル建国800年記念イベント『チンギス・ハーン 800年目の帰還』を観た。
チンギス・ハーンの時代の騎馬隊を再現したもので、数百人(数百騎)の騎馬隊が出演し、寸劇や、実際の戦闘を再現して見せるショーだ。
会場は、草原。
舞台を設営するのではなくて、客席を設営し、見渡す限り広がる草原で、数百騎が、戦闘や寸劇を行なう。
そして、騎馬隊に扮しているのは、モンゴルの、本物の軍人さんたちだ。
いやもうド迫力。
登場の場面では、遠く丘の向こうから、騎馬武者が列をなしてやって来る。
その数、数百。たぶん、日本の大名行列よりも長い。
その1人1人が、モンゴル式のよろいかぶとに身を固め、3歳の時から馬に乗り、弓を引き、ナイフや剣を使い、モンゴル相撲で鍛えている、一騎当千のつわものなのだ。
模擬戦闘や、ワザ比べの実演もあったのだが、その強さはハッキリ分かった。
〈騎馬+弓矢=すごい〉
開演前に、会場で、来場者が、お金を払って弓矢を引かせてもらえるコーナーがあり、私も引いてみた。
弓はすごく重い。(弓自体に重量があるという意味ではなく、引くのに力が必要ということだ)
矢は何メートルかを飛ばすのが精一杯だ。
前述した、ナーダム会場の模擬実演では、
「弓を1回引くのは、数十キロの物を持ち上げるのと同じくらいの力を使う」
と説明していた。
乗馬も、大変だし難しい。
私は今回の旅行で、2度、馬に乗る機会があった。
そのうちの1度は、デコボコの山道だったので、馬はかなり上下して揺れた。そして乗る人が、うまく動きを合わせないと、馬の背(鞍)と、人の尻がガツンガツンぶつかることになる。
その状態で長時間乗っていると、尻の皮(人間のほうの)が破れて、大ケガになることもあるそうだ。
それを避けて、鞍に座らずに、腰を浮かして鐙にふんばっていると、今度はヒザに負担が来る。私はヒザがガクガクになった。
同じツアーのほかの人は、腿やスネに力を入れて、鞍をグッとはさんでいたら、翌日は腿とスネが筋肉痛になったそうだ。
また、馬は走っているわけではなく、ただ歩いているだけなのだが、それでもかなり揺れて恐ろしい。落馬しないように、手綱を離さないのはもちろんのこと、鞍の前後についている手すりをしっかり握っていた。
それを、騎馬武者たちは、走る馬に乗りつつ、両手を使って弓を引いたり(しかも、正確に、遠くの敵に向けて射る)、剣や槍でチャンバラをやるわけだ。
チャンバラなんて、地上に足をつけていてさえ、力やワザが必要で、動体視力や反射神経も必要だし、スピーディに動かないといけなくて、大変なのに。
すごい。
〈騎馬民族のすごみ〉
しかも、馬って、すごく速い。
広い草原で見ていると、あまり感じないが、それでも、地平線や丘の向こうに、姿が、
「あ、見えた」
と思う間もなく、ガーッと近づいてくる。
それも、一騎当千、命知らずの、血も涙もない、遊牧・騎馬民族の皆様である。(と、皆で協調して田や畑をつくり、極力ケンカしないように生きている農耕民族からは、そう見える)
すごく怖い。
「こんな人たちに襲われたら、農耕民族はひとたまりもないな」
と、実感した。
彼らを防ぐために、万里の長城みたいなグレイトなものを造らないといけなかったのだ。月からだって見えちゃうような、すごい建造物だよ?
イヤ、もちろん、騎馬武者、すごくカッコいいんだが。
■馬頭琴コンサート
民族音楽のコンサートも聴いた。
これは旅行会社主催の小規模なものだが、モンゴル国立馬頭琴(ばとうきん)交響楽団のメンバーによる、レベルの高い演奏や歌が聴けた。
〈馬頭琴〉
馬頭琴はモンゴル特有の弦楽器だ。
バイオリンや、ビオラや、中国の二胡のような音がする。(すごく大雑把ですみません。同じ弦楽器なもので…)
胴は四角くて、バイオリンや二胡よりは大きいけど、セロよりは小さい。ヒザのあたりに置いて(はさんで)二胡やセロみたいに弾く。
私が聴いたコンサートでは、ほかの楽器と組み合わせて、10〜20人くらいで合奏をしていた。
そこは西洋音楽の合奏と同じで、第1バイオリンみたいな立場の人が、指揮者役となるようだ。
旋律は、アジア的な短調が多かった気がする。
でも、中国や韓国や日本の音楽のような、哀しげな感じではなく、もう少し、雄々しい感じ。
そして、ちょっと西洋クラシック音楽の、国民楽派の音楽を思い出した。たとえば、スメタナの『モルダウ』とか。曲として似てるというわけではなくて、「感じ」が。
厳しくて、でも雄大で美しい自然。
過酷な歴史、そして民族の誇り。
みたいなものを感じさせるのだ。上手く言えないけど…。
〈ホーミー〉
ホーミーもあった。
ホーミーはモンゴル特有の唱法のことで、独特の発声で歌ったり、1人の人が同時に2つ以上の音を出して歌ったりする。
私は10年くらい前に、大阪の国立民族学博物館のモンゴルイベントで初めて聴いた。
「どうやって、どこから、音を出してるんだ?」
と仰天した。
高音から低音まで、いくつかのパターンがあるのだが、低音は、たとえば日本の浪曲みたいな塩辛声。
あと、「ビヨヨヨヨ〜ン」って感じで響く変わった声や、高音では、口笛みたいな「ピー」って感じの音が出る時もある。
…うーむ…うまく説明できん…。
っていうか、目の前で見て、聴いていても、どこから声(音)が出ているのか、分からないのだ。
ホントに1人で歌っているの? って感じなのだ。
当時、なんだか不思議なものを見た・聴いたと思っていたのだが、今回、再び、ナマで見て聴くことができて、良かった。
〈大地の匂いが〉
10曲ほど聴いたのだが、そのなかで私は『アルタイ山脈を讃える歌』が気に入った。
合奏とは違って、ホーミーや鳴り物を含め、4人だけで奏でる、素朴な曲。
昼間の草原で、あるいは夜、ゲルのなかでストーブの火を囲んで、つれづれに演奏した、もともとのモンゴル音楽に近い形なのではないか、と勝手に想像した。
なぜか、アメリカのカントリー&ウェスタンを思い出した。
夜、サボテン砂漠で、カウボーイが焚き火を囲み、ギターやハモニカを演奏し、あのヨーデルみたいな独特の発声で歌う。みたいなシーンだ。
クラシック音楽でも、私はモーツァルトやショパンのような、パステルカラー(←あくまで私のイメージ)の美しい曲よりは、ゴツイ国民楽派が好きだ(というほど詳しくはないのだが)。
洗練されたものよりも、素朴で、大地の匂いがするほうが、好きなのかな。
しつこいですが(笑)、〈つづく〉
第1回と第2回から、間があいてしまったが、今回は3回目だ。
■ 騎馬隊イベント
モンゴル建国800年記念イベント『チンギス・ハーン 800年目の帰還』を観た。
チンギス・ハーンの時代の騎馬隊を再現したもので、数百人(数百騎)の騎馬隊が出演し、寸劇や、実際の戦闘を再現して見せるショーだ。
会場は、草原。
舞台を設営するのではなくて、客席を設営し、見渡す限り広がる草原で、数百騎が、戦闘や寸劇を行なう。
そして、騎馬隊に扮しているのは、モンゴルの、本物の軍人さんたちだ。
いやもうド迫力。
登場の場面では、遠く丘の向こうから、騎馬武者が列をなしてやって来る。
その数、数百。たぶん、日本の大名行列よりも長い。
その1人1人が、モンゴル式のよろいかぶとに身を固め、3歳の時から馬に乗り、弓を引き、ナイフや剣を使い、モンゴル相撲で鍛えている、一騎当千のつわものなのだ。
模擬戦闘や、ワザ比べの実演もあったのだが、その強さはハッキリ分かった。
〈騎馬+弓矢=すごい〉
開演前に、会場で、来場者が、お金を払って弓矢を引かせてもらえるコーナーがあり、私も引いてみた。
弓はすごく重い。(弓自体に重量があるという意味ではなく、引くのに力が必要ということだ)
矢は何メートルかを飛ばすのが精一杯だ。
前述した、ナーダム会場の模擬実演では、
「弓を1回引くのは、数十キロの物を持ち上げるのと同じくらいの力を使う」
と説明していた。
乗馬も、大変だし難しい。
私は今回の旅行で、2度、馬に乗る機会があった。
そのうちの1度は、デコボコの山道だったので、馬はかなり上下して揺れた。そして乗る人が、うまく動きを合わせないと、馬の背(鞍)と、人の尻がガツンガツンぶつかることになる。
その状態で長時間乗っていると、尻の皮(人間のほうの)が破れて、大ケガになることもあるそうだ。
それを避けて、鞍に座らずに、腰を浮かして鐙にふんばっていると、今度はヒザに負担が来る。私はヒザがガクガクになった。
同じツアーのほかの人は、腿やスネに力を入れて、鞍をグッとはさんでいたら、翌日は腿とスネが筋肉痛になったそうだ。
また、馬は走っているわけではなく、ただ歩いているだけなのだが、それでもかなり揺れて恐ろしい。落馬しないように、手綱を離さないのはもちろんのこと、鞍の前後についている手すりをしっかり握っていた。
それを、騎馬武者たちは、走る馬に乗りつつ、両手を使って弓を引いたり(しかも、正確に、遠くの敵に向けて射る)、剣や槍でチャンバラをやるわけだ。
チャンバラなんて、地上に足をつけていてさえ、力やワザが必要で、動体視力や反射神経も必要だし、スピーディに動かないといけなくて、大変なのに。
すごい。
〈騎馬民族のすごみ〉
しかも、馬って、すごく速い。
広い草原で見ていると、あまり感じないが、それでも、地平線や丘の向こうに、姿が、
「あ、見えた」
と思う間もなく、ガーッと近づいてくる。
それも、一騎当千、命知らずの、血も涙もない、遊牧・騎馬民族の皆様である。(と、皆で協調して田や畑をつくり、極力ケンカしないように生きている農耕民族からは、そう見える)
すごく怖い。
「こんな人たちに襲われたら、農耕民族はひとたまりもないな」
と、実感した。
彼らを防ぐために、万里の長城みたいなグレイトなものを造らないといけなかったのだ。月からだって見えちゃうような、すごい建造物だよ?
イヤ、もちろん、騎馬武者、すごくカッコいいんだが。
■馬頭琴コンサート
民族音楽のコンサートも聴いた。
これは旅行会社主催の小規模なものだが、モンゴル国立馬頭琴(ばとうきん)交響楽団のメンバーによる、レベルの高い演奏や歌が聴けた。
〈馬頭琴〉
馬頭琴はモンゴル特有の弦楽器だ。
バイオリンや、ビオラや、中国の二胡のような音がする。(すごく大雑把ですみません。同じ弦楽器なもので…)
胴は四角くて、バイオリンや二胡よりは大きいけど、セロよりは小さい。ヒザのあたりに置いて(はさんで)二胡やセロみたいに弾く。
私が聴いたコンサートでは、ほかの楽器と組み合わせて、10〜20人くらいで合奏をしていた。
そこは西洋音楽の合奏と同じで、第1バイオリンみたいな立場の人が、指揮者役となるようだ。
旋律は、アジア的な短調が多かった気がする。
でも、中国や韓国や日本の音楽のような、哀しげな感じではなく、もう少し、雄々しい感じ。
そして、ちょっと西洋クラシック音楽の、国民楽派の音楽を思い出した。たとえば、スメタナの『モルダウ』とか。曲として似てるというわけではなくて、「感じ」が。
厳しくて、でも雄大で美しい自然。
過酷な歴史、そして民族の誇り。
みたいなものを感じさせるのだ。上手く言えないけど…。
〈ホーミー〉
ホーミーもあった。
ホーミーはモンゴル特有の唱法のことで、独特の発声で歌ったり、1人の人が同時に2つ以上の音を出して歌ったりする。
私は10年くらい前に、大阪の国立民族学博物館のモンゴルイベントで初めて聴いた。
「どうやって、どこから、音を出してるんだ?」
と仰天した。
高音から低音まで、いくつかのパターンがあるのだが、低音は、たとえば日本の浪曲みたいな塩辛声。
あと、「ビヨヨヨヨ〜ン」って感じで響く変わった声や、高音では、口笛みたいな「ピー」って感じの音が出る時もある。
…うーむ…うまく説明できん…。
っていうか、目の前で見て、聴いていても、どこから声(音)が出ているのか、分からないのだ。
ホントに1人で歌っているの? って感じなのだ。
当時、なんだか不思議なものを見た・聴いたと思っていたのだが、今回、再び、ナマで見て聴くことができて、良かった。
〈大地の匂いが〉
10曲ほど聴いたのだが、そのなかで私は『アルタイ山脈を讃える歌』が気に入った。
合奏とは違って、ホーミーや鳴り物を含め、4人だけで奏でる、素朴な曲。
昼間の草原で、あるいは夜、ゲルのなかでストーブの火を囲んで、つれづれに演奏した、もともとのモンゴル音楽に近い形なのではないか、と勝手に想像した。
なぜか、アメリカのカントリー&ウェスタンを思い出した。
夜、サボテン砂漠で、カウボーイが焚き火を囲み、ギターやハモニカを演奏し、あのヨーデルみたいな独特の発声で歌う。みたいなシーンだ。
クラシック音楽でも、私はモーツァルトやショパンのような、パステルカラー(←あくまで私のイメージ)の美しい曲よりは、ゴツイ国民楽派が好きだ(というほど詳しくはないのだが)。
洗練されたものよりも、素朴で、大地の匂いがするほうが、好きなのかな。
しつこいですが(笑)、〈つづく〉
2007年08月24日
小っちゃいワニ、かわいいが…(笑)
小っちゃいワニ。かわいい。
しかし、スーツケースをあけたら、265匹が入っていた…?
想像したら、ちょっとキモいかも。(笑)
京極夏彦のホラー小説かなんかで、そういうの、なかったっけ?
「匣(はこ)のなかに、みっしりと、……」
みたいなの。(笑)
去年、エジプト旅行に行った時、アスワンハイダムやナセル湖も見たよ。
とても美しかったけど、そういえば、
「ダムより上流には、ワニがいます」
と、ふつうに言われた憶えがある。うーむ…。(笑)
2007年08月16日
モンゴル旅行 つれづれぐさ(2)
星、草原、匂い、乗り物、相撲、競馬
前回に続いて、2007年8月4〜12日に行った、モンゴル旅行の印象記。
■ 星
夜、仰天して(天を仰いで)、仰天した(ビックリした)。
星が、ものすごい。
「満天の星っていうのは、こういうことか…」
と実感した。
さえぎるものがほとんどないから、地平線近くまで、星、星、星である。
天の川を、ナマで見るのは、昔、九州の山でキャンプした時以来だ。
ちょっと見ているだけで、流れ星が、いくつも見える。
日本で見る流れ星は、1センチくらいの長さだが(←イヤ実際は違うのだが、主観的な見た目の感覚として)、モンゴルで見る流れ星は、
10センチくらい、長い。
■ 草原
クルマで何時間、走っても、草原が続く。
何時間、走っても、地図で見ると、(モンゴルって広いので)ちょっとしか移動していない。
モンゴルの草原には、道がない。
大草原のなかに、轍(わだち)があるだけだ。
(これは、ウランバートル市内でも同じで、アスファルトで固められた、きちんとした道路は、ほとんどない。)
電柱や電線もない。
ほんとうに、大地と草と空だけだ。
遠くに、山や丘が見える。
たまに草の海のなかに、遊牧民のゲルや、羊・ヤギなどが散らばっていることはある。
それ以外は、草原と空だけだ。そして、風と。
■モンゴルの匂い
モンゴルの匂いは、羊肉の匂いと、馬の匂いと、草の匂いだ。
この3つ、キライな人も多いようだが、私は好きだ。
紙幣も、羊肉の匂いがする。
日常的に、羊肉を食べているからだろう。
(以前、エジプトに行った時、やはり紙幣は、香辛料の匂いがして、どことなく脂っぽい感じがした。最初は、「うわ、べとべとする」と思ったが、慣れると、それはそれで、地元っぽくて、いい感じだと思うようになる。(笑))
モンゴルの草原の、草の匂いは、日本の草の匂いとは全然違う。
どんな匂いかって?
行って確かめてください。(笑)
■ 乗り物
今回の旅行では、馬と、ラクダにそれぞれ2回ずつ、バイクに1回、乗った。草原や、サラサラの砂の砂丘や、砂礫の山道で。
馬とラクダは、係の人が綱を引いてくれた。バイクは、遊牧民のアルバイト(?)のお兄さんが運転する後ろに乗った。
自分で運転したかったな。馬も、バイクも。
■ ナーダム
旅行会社の主催で、「ミニ ナーダム」を開催したのを見た。
ナーダムはお祭りみたいなもので、大は、国が主催する大掛かりなものから(過日、日本の皇太子が招かれたのはこれ)、小は、地元の人たちがひらく小規模なものまで、さまざまある。
モンゴル相撲や、競馬や、コンサートなどが行なわれる。
〈モンゴル相撲〉
土俵やリンクはとくになく、背中やひざなどが地面についたほうが負け。手のひらだけは地面についてもOK。
コスチュームは、プロレスみたいなパンツとブーツ、肩と腕や背の一部を被うチョッキみたいなものを着る。
勝者は、「鷹の舞い」として、両手を広げて国旗の周りをふわりと回る。不思議な感じがする。
相撲というよりは、レスリングみたいな感じだ。
足払いがあるところは、柔道っぽくも見える。
日本の相撲と違って、時間もかなりかかる。長い試合になると、30分とか1時間も、勝負がつかないことがあるそうだ。
しかし、組み手があるところなどは、やはり相撲なのかな、という気もする。
私が見た試合のうち、一度、日本の相撲の「はたきこみ」のようなワザが出た。が、ワザを受けた力士は持ちこたえ、両手のひらだけを地面について、すぐに起き上がった。
観客から、
「おおおおお……」
と、どよめきと拍手が。
私は、
「日本の相撲でいうところの『土俵ぎわ、残った』って感じだな」
と思ったりした。
うん、やっぱり相撲だ。
〈競馬〉
距離がすごい。
日本でイメージする競馬とは違い、短かい距離で、フィールドをグルリと回るのではなく、モンゴルの競馬は、草原のなかを、数キロ〜数十キロ、走る。
スタート地点は、自分のいる場所からは見えない。
マイクの放送で、「いまスタートしました!」と聞いて、かなりしばらく経ってから、遠〜くに、砂埃が見える。どうもあれらしい。
と思いながら数分、見ていると、だんだん人馬のカタチが見えてくる。
と思っていたら、グングン近づいて来て(速い!)、目の前のゴールに飛び込んでくる。
という寸法だ。
騎手は、10代半ばくらいまでの子供だ。
なにせ、モンゴルでは皆、3〜5歳くらいから馬に乗るのだ。
長距離を走るので、大人が乗ると、馬に負担がかかりすぎるということもある。
私が見た競馬では、3着につけた9歳の女の子が良かった。
三つ編みで、かわいくて、で、超 気が強そうなの。そういう女の子、大好きだ。(笑)
〈つづく〉
■ 星
夜、仰天して(天を仰いで)、仰天した(ビックリした)。
星が、ものすごい。
「満天の星っていうのは、こういうことか…」
と実感した。
さえぎるものがほとんどないから、地平線近くまで、星、星、星である。
天の川を、ナマで見るのは、昔、九州の山でキャンプした時以来だ。
ちょっと見ているだけで、流れ星が、いくつも見える。
日本で見る流れ星は、1センチくらいの長さだが(←イヤ実際は違うのだが、主観的な見た目の感覚として)、モンゴルで見る流れ星は、
10センチくらい、長い。
■ 草原
クルマで何時間、走っても、草原が続く。
何時間、走っても、地図で見ると、(モンゴルって広いので)ちょっとしか移動していない。
モンゴルの草原には、道がない。
大草原のなかに、轍(わだち)があるだけだ。
(これは、ウランバートル市内でも同じで、アスファルトで固められた、きちんとした道路は、ほとんどない。)
電柱や電線もない。
ほんとうに、大地と草と空だけだ。
遠くに、山や丘が見える。
たまに草の海のなかに、遊牧民のゲルや、羊・ヤギなどが散らばっていることはある。
それ以外は、草原と空だけだ。そして、風と。
■モンゴルの匂い
モンゴルの匂いは、羊肉の匂いと、馬の匂いと、草の匂いだ。
この3つ、キライな人も多いようだが、私は好きだ。
紙幣も、羊肉の匂いがする。
日常的に、羊肉を食べているからだろう。
(以前、エジプトに行った時、やはり紙幣は、香辛料の匂いがして、どことなく脂っぽい感じがした。最初は、「うわ、べとべとする」と思ったが、慣れると、それはそれで、地元っぽくて、いい感じだと思うようになる。(笑))
モンゴルの草原の、草の匂いは、日本の草の匂いとは全然違う。
どんな匂いかって?
行って確かめてください。(笑)
■ 乗り物
今回の旅行では、馬と、ラクダにそれぞれ2回ずつ、バイクに1回、乗った。草原や、サラサラの砂の砂丘や、砂礫の山道で。
馬とラクダは、係の人が綱を引いてくれた。バイクは、遊牧民のアルバイト(?)のお兄さんが運転する後ろに乗った。
自分で運転したかったな。馬も、バイクも。
■ ナーダム
旅行会社の主催で、「ミニ ナーダム」を開催したのを見た。
ナーダムはお祭りみたいなもので、大は、国が主催する大掛かりなものから(過日、日本の皇太子が招かれたのはこれ)、小は、地元の人たちがひらく小規模なものまで、さまざまある。
モンゴル相撲や、競馬や、コンサートなどが行なわれる。
〈モンゴル相撲〉
土俵やリンクはとくになく、背中やひざなどが地面についたほうが負け。手のひらだけは地面についてもOK。
コスチュームは、プロレスみたいなパンツとブーツ、肩と腕や背の一部を被うチョッキみたいなものを着る。
勝者は、「鷹の舞い」として、両手を広げて国旗の周りをふわりと回る。不思議な感じがする。
相撲というよりは、レスリングみたいな感じだ。
足払いがあるところは、柔道っぽくも見える。
日本の相撲と違って、時間もかなりかかる。長い試合になると、30分とか1時間も、勝負がつかないことがあるそうだ。
しかし、組み手があるところなどは、やはり相撲なのかな、という気もする。
私が見た試合のうち、一度、日本の相撲の「はたきこみ」のようなワザが出た。が、ワザを受けた力士は持ちこたえ、両手のひらだけを地面について、すぐに起き上がった。
観客から、
「おおおおお……」
と、どよめきと拍手が。
私は、
「日本の相撲でいうところの『土俵ぎわ、残った』って感じだな」
と思ったりした。
うん、やっぱり相撲だ。
〈競馬〉
距離がすごい。
日本でイメージする競馬とは違い、短かい距離で、フィールドをグルリと回るのではなく、モンゴルの競馬は、草原のなかを、数キロ〜数十キロ、走る。
スタート地点は、自分のいる場所からは見えない。
マイクの放送で、「いまスタートしました!」と聞いて、かなりしばらく経ってから、遠〜くに、砂埃が見える。どうもあれらしい。
と思いながら数分、見ていると、だんだん人馬のカタチが見えてくる。
と思っていたら、グングン近づいて来て(速い!)、目の前のゴールに飛び込んでくる。
という寸法だ。
騎手は、10代半ばくらいまでの子供だ。
なにせ、モンゴルでは皆、3〜5歳くらいから馬に乗るのだ。
長距離を走るので、大人が乗ると、馬に負担がかかりすぎるということもある。
私が見た競馬では、3着につけた9歳の女の子が良かった。
三つ編みで、かわいくて、で、超 気が強そうなの。そういう女の子、大好きだ。(笑)
〈つづく〉
2007年08月14日
モンゴル旅行 つれづれぐさ(1)
飛行機、市場、寺院、宮殿、ゲル
2007年8月4日〜12日に、モンゴルへ旅行してきた。その印象を、つれづれに書いていく。
■行き帰りの飛行機
普段は、東京からモンゴルの首都ウランバートルに行く直行便は出ていない。韓国や中国やロシアのどこかを経由して行くことになる。
以前は、もっと不便で、
「中国の北京から、一昼夜かけて汽車で」とか、
「ソ連のモスクワやイルクーツクなどの都市から、飛行機で」
とか、日本から、ウランバートルへ行くだけで2〜3日かかっていたそうだ。
また、その汽車や飛行機も、途上国特有の、スゴイものらしい。(笑)
私が今回、行ったのは、複数の旅行会社でチャーターした、日航機だ。しかも羽田から。
JALの快適な機材と、意外に美味しい機内食で、たったの5時間。
なんだか、ラクすぎて、申し訳ないくらいだった。(笑)
■市場で「うっ」
ツアーで行ったのだが、深夜着だったので、午前中フリーだった。
1人で、ホテル近くの市場へ行って見た。
野菜、果物、日用品のほか、コメなども売っていた。
一般的な途上国の市場のイメージと異なり、わりあいに静かで、とくに大声で呼びかけたり、押し売りっぽさはまったくない。
でも、クルマが歩行者に向かってドンドン突っ込んでくるのでコワイ。
肉屋の並ぶ一角では、すごい匂いとハエの大群。トラックからバンバン降ろされる「商品」のなかには、牛の頭がそのままゴロンとあったり。(目も毛皮もツノも、そのままついている)
今までも、途上国の市場で、羊を解体するところとかを見て、鍛えてきた(?)私だが、さすがに、そこだけは、「うっ」となってしまった。
■ 寺院、宮殿、博物館
ウランバートル市内観光では、お寺や、もと宮殿で今は博物館となっている所を見た。
建物の感じは、中国風というか、琉球風というか、韓国風というか。日本の本州でいうと、日光東照宮みたいな感じだ。
色は、黄色やミドリなどの極彩色。屋根は、反りが大きくて、スソがハネているようなカタチ。
中にある家具やしつらえ、仏像・仏具なども、上記の「アジア風」が混在している。
モンゴルの仏教はチベット系なので、同じ小乗仏教系の、東南アジア風・南アジア風も混じっていたりする。なんだか、つかみどころがないような、それでいて、どこか既視感を覚えるような、不思議な感じがした。
歴史博物館にも行ったのだが、あまり説明がなくて、ガッカリだった。
チンギス・ハーンのことや、革命で社会主義国になった前後の経緯、社会主義をやめて以降、この国はどんな変化を遂げたのか。
また、元寇や、ハルハ河戦争(ノモンハン事件)などは、モンゴル側では、どのような位置づけにあるのか。
等々、知りたいことがいっぱいあったのだが。残念だ。
■ゲル(遊牧民のテント)宿泊
ウランバートルに2泊して、観光した後、ゴビ砂漠へ。
飛行機で1時間半ほど南へ行った、南ゴビにある、ダランザドガド(←地名)で、ゲルに2泊した。
その後は、飛行機でウランバートルへ戻り、市内から50キロメートルほど離れた、ウンドゥルドブ(←地名)へ移動し、そこでもゲルに1泊した。
〈ゲルとは〉
ゲルは、木枠と羊毛のフェルトでできた、遊牧民のテントのことだ。中国では、包(パオ)、ヨーロッパではユルトというらしい。
といっても、旅行者用のゲルが並んでいるキャンプ地みたいな感じで、別棟に、トイレ、シャワー、食堂がある。
ゲルの中は、床にはじゅうたんが敷いてあるし、真ん中にストーブがあり、両サイドにべッドがある。小さい机とイスもある。
テントといっても、中で大人がふつうに立てるくらいの高さがある。
なので、私はとくに不自由は感じなかった。ふだんから、テレビとか見ないし。うるさいのは苦手なので、音がないのも、快適だった。
〈水・お湯関係がちょっと不自由〉
が、トイレ・洗面・シャワーが別棟というのは、やはりちょっと不便だなあと思った。
また、水が貴重なので、シャワーがちょろちょろしか出ない。ボイラー(か何か知らないが、お湯を沸かす機械)の不具合なのか、時々、冷水になったりするので、そのあたりは結構キビしかった。
同じツアーの人で、途上国の旅行や、キャンプなどのアウトドアに慣れている人なんかは、「シャワーはパス。風邪ひいちゃうから」という人もいた。
〈寒さと火について〉
そう、寒かったのだ。8月なのに。
標高が高いうえに、乾燥しているので、昼間は日差しが強くて暑く、夜になると、夏でも氷点下になることがある。
私は、用意していった、ジャージの重ね着と、使い捨てカイロで乗り切ったが、ツアーのメンバーのなかには、寒さで眠れなかったという人もいた。
東京では、夜、寝る前にエアコンを消しても、寒さで目が覚めるとか、寒くて眠れない、なんてことはあんまりない。
やっぱり、ここの自然は厳しいし、いくらフェルトと防水シートでできているといっても、やはりテントなのだ。
改めて、遊牧生活の厳しさを、肌で感じた気がした。
係の人がゲルに入って来て、ストーブに火を焚いてくれた。
そうすると今度は、ゲルの中がものすごく暖かくなる。
東京でふつうに生活していると、裸火に当たることって、あんまりない。
「火って、こんなに暖かいんだ」
と、今さらのように実感した。
〈以下次号〉←次号って…なんじゃそりゃ!?
■行き帰りの飛行機
普段は、東京からモンゴルの首都ウランバートルに行く直行便は出ていない。韓国や中国やロシアのどこかを経由して行くことになる。
以前は、もっと不便で、
「中国の北京から、一昼夜かけて汽車で」とか、
「ソ連のモスクワやイルクーツクなどの都市から、飛行機で」
とか、日本から、ウランバートルへ行くだけで2〜3日かかっていたそうだ。
また、その汽車や飛行機も、途上国特有の、スゴイものらしい。(笑)
私が今回、行ったのは、複数の旅行会社でチャーターした、日航機だ。しかも羽田から。
JALの快適な機材と、意外に美味しい機内食で、たったの5時間。
なんだか、ラクすぎて、申し訳ないくらいだった。(笑)
■市場で「うっ」
ツアーで行ったのだが、深夜着だったので、午前中フリーだった。
1人で、ホテル近くの市場へ行って見た。
野菜、果物、日用品のほか、コメなども売っていた。
一般的な途上国の市場のイメージと異なり、わりあいに静かで、とくに大声で呼びかけたり、押し売りっぽさはまったくない。
でも、クルマが歩行者に向かってドンドン突っ込んでくるのでコワイ。
肉屋の並ぶ一角では、すごい匂いとハエの大群。トラックからバンバン降ろされる「商品」のなかには、牛の頭がそのままゴロンとあったり。(目も毛皮もツノも、そのままついている)
今までも、途上国の市場で、羊を解体するところとかを見て、鍛えてきた(?)私だが、さすがに、そこだけは、「うっ」となってしまった。
■ 寺院、宮殿、博物館
ウランバートル市内観光では、お寺や、もと宮殿で今は博物館となっている所を見た。
建物の感じは、中国風というか、琉球風というか、韓国風というか。日本の本州でいうと、日光東照宮みたいな感じだ。
色は、黄色やミドリなどの極彩色。屋根は、反りが大きくて、スソがハネているようなカタチ。
中にある家具やしつらえ、仏像・仏具なども、上記の「アジア風」が混在している。
モンゴルの仏教はチベット系なので、同じ小乗仏教系の、東南アジア風・南アジア風も混じっていたりする。なんだか、つかみどころがないような、それでいて、どこか既視感を覚えるような、不思議な感じがした。
歴史博物館にも行ったのだが、あまり説明がなくて、ガッカリだった。
チンギス・ハーンのことや、革命で社会主義国になった前後の経緯、社会主義をやめて以降、この国はどんな変化を遂げたのか。
また、元寇や、ハルハ河戦争(ノモンハン事件)などは、モンゴル側では、どのような位置づけにあるのか。
等々、知りたいことがいっぱいあったのだが。残念だ。
■ゲル(遊牧民のテント)宿泊
ウランバートルに2泊して、観光した後、ゴビ砂漠へ。
飛行機で1時間半ほど南へ行った、南ゴビにある、ダランザドガド(←地名)で、ゲルに2泊した。
その後は、飛行機でウランバートルへ戻り、市内から50キロメートルほど離れた、ウンドゥルドブ(←地名)へ移動し、そこでもゲルに1泊した。
〈ゲルとは〉
ゲルは、木枠と羊毛のフェルトでできた、遊牧民のテントのことだ。中国では、包(パオ)、ヨーロッパではユルトというらしい。
といっても、旅行者用のゲルが並んでいるキャンプ地みたいな感じで、別棟に、トイレ、シャワー、食堂がある。
ゲルの中は、床にはじゅうたんが敷いてあるし、真ん中にストーブがあり、両サイドにべッドがある。小さい机とイスもある。
テントといっても、中で大人がふつうに立てるくらいの高さがある。
なので、私はとくに不自由は感じなかった。ふだんから、テレビとか見ないし。うるさいのは苦手なので、音がないのも、快適だった。
〈水・お湯関係がちょっと不自由〉
が、トイレ・洗面・シャワーが別棟というのは、やはりちょっと不便だなあと思った。
また、水が貴重なので、シャワーがちょろちょろしか出ない。ボイラー(か何か知らないが、お湯を沸かす機械)の不具合なのか、時々、冷水になったりするので、そのあたりは結構キビしかった。
同じツアーの人で、途上国の旅行や、キャンプなどのアウトドアに慣れている人なんかは、「シャワーはパス。風邪ひいちゃうから」という人もいた。
〈寒さと火について〉
そう、寒かったのだ。8月なのに。
標高が高いうえに、乾燥しているので、昼間は日差しが強くて暑く、夜になると、夏でも氷点下になることがある。
私は、用意していった、ジャージの重ね着と、使い捨てカイロで乗り切ったが、ツアーのメンバーのなかには、寒さで眠れなかったという人もいた。
東京では、夜、寝る前にエアコンを消しても、寒さで目が覚めるとか、寒くて眠れない、なんてことはあんまりない。
やっぱり、ここの自然は厳しいし、いくらフェルトと防水シートでできているといっても、やはりテントなのだ。
改めて、遊牧生活の厳しさを、肌で感じた気がした。
係の人がゲルに入って来て、ストーブに火を焚いてくれた。
そうすると今度は、ゲルの中がものすごく暖かくなる。
東京でふつうに生活していると、裸火に当たることって、あんまりない。
「火って、こんなに暖かいんだ」
と、今さらのように実感した。
〈以下次号〉←次号って…なんじゃそりゃ!?
2007年08月03日
旅と本
最近、モンゴル関連の本を何冊か読んだ。
たとえば、
司馬遼太郎 『街道をゆく モンゴル紀行』
椎名誠 『草の海〜モンゴル奥地への旅』
開高健 『オーパ、オーパ!』(←これは再読。10年以上むかしに読んだ)
などだ。
■シンプルで潔い生き方
また、確か、司馬遼太郎の対談集『東と西』だったと思うが、司馬と開高の対談が載っていた。(ゴージャスな顔合わせ!)
開高が訊く。
「モンゴル人の食べ物は、たとえば羊をさばいて、岩塩で味をつけてゆでるだけだ。あの国の人々は、むかし、食い倒れの国(中国)をも征服したはずなのに、なんでトウガラシひとつ持たずに(草原へ)去ったんやろか」
司馬は答える。
ひとつには、遊牧民族なので、地面を引っかくような行為(農耕)は蔑んでいるから。
もうひとつは、遊牧民族なので、余計な荷物は持ちたくないから。
開高は、その対談でだったか、上記の著書にだったか、
「むかし、あんなに広大な土地を征服したのに、遺跡や墓など、ほとんど何も残っていない。そのクリーンさ、シンプルさは、なんなのだ」
「この大草原では、そこまで潔く生きないといけないのか」
という意味のことを述べていた。
■モンゴルの良さが解るかどうか、試される大地(?)
以前も書いたけど、むかし椎名誠が、確か『SINRA』誌に、
「モンゴルはいい。ただし、遊牧民から手渡される馬乳酒に、馬の毛が入っていたりする。それを、イヤだと思うような人には、モンゴルの良さはわからない」
といったような、挑発的なことを(←イヤ、誰も挑発してないって)書いていたと記憶している。
また、10年くらい前、大阪民族博物館に行った時、ちょうどモンゴル展をやっていた。
ロビーに、ゲル(遊牧民のテント)が展示してあった。実際に現地で使われている物だ。
中に入ると、馬の匂いがした。馬など、どこにもいないのに。
私は、
「ああ、なるほど、これがモンゴルなんだ」
と、少しわかった気がした。
その時、一緒にいた人は、
「馬のニオイが、ちょっと……」
と言っていた。
たとえば、椎名が書いていたのは、こういうことなのかな、と私は思った。
■本と旅
というように、私は、たとえば司馬遼太郎の本や、椎名誠、開高健の書いたものが、「そこに行きたい」という動機づけとなったり、旅行に行く前に予備知識として読んだり、あるいは旅行に持って行って、現地で読んだりする。
たぶん、もっと上の世代の人たちは、それが、堀田善衞の『インドで考えたこと』だったり、小田実の『何でも見てやろう』だったり、沢木耕太郎の『深夜特急』シリーズだったりしたのかな。と思った。
また、今の若い人は、どんなものを読むのかな? ネットで情報を得るので、本なんか読まないのかな。とも思った。
たとえば、
司馬遼太郎 『街道をゆく モンゴル紀行』
椎名誠 『草の海〜モンゴル奥地への旅』
開高健 『オーパ、オーパ!』(←これは再読。10年以上むかしに読んだ)
などだ。
■シンプルで潔い生き方
また、確か、司馬遼太郎の対談集『東と西』だったと思うが、司馬と開高の対談が載っていた。(ゴージャスな顔合わせ!)
開高が訊く。
「モンゴル人の食べ物は、たとえば羊をさばいて、岩塩で味をつけてゆでるだけだ。あの国の人々は、むかし、食い倒れの国(中国)をも征服したはずなのに、なんでトウガラシひとつ持たずに(草原へ)去ったんやろか」
司馬は答える。
ひとつには、遊牧民族なので、地面を引っかくような行為(農耕)は蔑んでいるから。
もうひとつは、遊牧民族なので、余計な荷物は持ちたくないから。
開高は、その対談でだったか、上記の著書にだったか、
「むかし、あんなに広大な土地を征服したのに、遺跡や墓など、ほとんど何も残っていない。そのクリーンさ、シンプルさは、なんなのだ」
「この大草原では、そこまで潔く生きないといけないのか」
という意味のことを述べていた。
■モンゴルの良さが解るかどうか、試される大地(?)
以前も書いたけど、むかし椎名誠が、確か『SINRA』誌に、
「モンゴルはいい。ただし、遊牧民から手渡される馬乳酒に、馬の毛が入っていたりする。それを、イヤだと思うような人には、モンゴルの良さはわからない」
といったような、挑発的なことを(←イヤ、誰も挑発してないって)書いていたと記憶している。
また、10年くらい前、大阪民族博物館に行った時、ちょうどモンゴル展をやっていた。
ロビーに、ゲル(遊牧民のテント)が展示してあった。実際に現地で使われている物だ。
中に入ると、馬の匂いがした。馬など、どこにもいないのに。
私は、
「ああ、なるほど、これがモンゴルなんだ」
と、少しわかった気がした。
その時、一緒にいた人は、
「馬のニオイが、ちょっと……」
と言っていた。
たとえば、椎名が書いていたのは、こういうことなのかな、と私は思った。
■本と旅
というように、私は、たとえば司馬遼太郎の本や、椎名誠、開高健の書いたものが、「そこに行きたい」という動機づけとなったり、旅行に行く前に予備知識として読んだり、あるいは旅行に持って行って、現地で読んだりする。
たぶん、もっと上の世代の人たちは、それが、堀田善衞の『インドで考えたこと』だったり、小田実の『何でも見てやろう』だったり、沢木耕太郎の『深夜特急』シリーズだったりしたのかな。と思った。
また、今の若い人は、どんなものを読むのかな? ネットで情報を得るので、本なんか読まないのかな。とも思った。
2007年08月01日
遠くて近い?中央アジア
中央アジアの写真とかって、ちょっと珍しいので入れてみた。
なんか、モンゴルっぽい感じだなあ。(モンゴルとキルギスは近いようだ)
また、シルクロードっぽい感じもする。(実際、シルクロードのとおっている地域だったらしい)
むかし、中央アジア、確かウズベキスタンの映画を観たことがある。
中央アジアって、私のイメージではソ連/ロシアの一部だった。(実際、そうだった)
でも、映画に出てくる人たちが、あまりに日本人と同じ顔をしているので、
「地図上では遠いし、交流はあまりないけど、同じモンゴロイドなんだなあ」
と実感した憶えがある。
2007年07月24日
「途上国の携帯電話」について。
これを見て思い出した、「途上国の携帯電話ネタ」。
■ナイル川と携帯電話
エジプトへ旅行した時のことだ。
ナイル川で、『ファルーカ』に乗った。
ファルーカは、風で進む帆船のことだ。地元のヌビア人が、古来、使っていたという。
ヌビア人は、現在のエジプト南部と、南隣のスーダン北部に住む人々で、古代エジプト人と同じくらい古くから、つまり何千年も昔から存在する、アフリカ系の民族だ。
私が乗った時は、船頭さん(というのか?)はヌビア人で、民族衣装のガラベーヤを着ていた。
物静かな人で、ほとんど喋らない。
無表情に黙ったまま、風を読みながら、帆柱を動かしては船を進める。
ガイドさんの説明によると、少ししか風がなくても、向かい風でも、操船技術と、船の構造によって、船を動かしてしまうそうだ。すごい。
広大なナイル川の川面。対岸の風景。
一度、行き交う別のファルーカに乗った船頭さんが、こちらの船頭さんの知り合いだったらしく、
「ハッサーン!」
と声を上げて呼びかけたりした。その声が、静かな川面によく響く。
私は、
「おおお…これぞ、エジプト。ナイル川」
ってな情景に、かなりジーンとしていた。
しばらくして、風が止まった。
船頭さんが、現地人ガイドさんに、何か言った。ガイドさんは、
「知り合いのモーターボートを呼んで、牽引してもらうそうです」
と説明する。
私は、
「何か独特の発声法か何かで、仲間を呼ぶのだろうか?」
と、ワクワクしながら、船頭さんを見守っていた。
船頭さんは、相変わらず無表情なまま、ガラベーヤの長いスソから、おもむろに携帯電話を取り出して、電話をかけ始めた。
私は、
「…ありゃ?」
と、ちょっと拍子抜けしたのだった。
■岩山と携帯電話
ヨルダンへ旅行した時のことだ。
ペトラ遺跡を観光した後、その背後にある山に登った。
かなりの岩山を登った。山頂からは、見渡す限り、荒涼とした岩山と砂漠だった。
この地には、紀元前から人々が住んでいたそうだ。
キャラバンの交易基地として、栄えた時期もあったらしい。
私は、眼下にどこまでも広がる岩山と砂漠を見ながら、
「いま、私の目の前に広がる光景は、何千年も昔の人々が見た光景と、ほぼ同じなんだろうな」
と、感動した。
振り返ると、小さな売店があった。
広さ2畳ほどの小屋みたいな建物で、民芸調のアクセサリーなどを売っていた。
店内には、ビザカードとマスターカードのマークが貼ってあった。カードで買い物ができるらしい。
お店のおじさんは、ふつうに携帯電話で、何か、商談だか世間話だかをしていた。
私は、ちょっとガクッと来たのだった。
■ヒジャーブと携帯電話
何年か前、マレーシアのボルネオ島に行った時のことだ。
リゾートだったので、ほとんどホテルのビーチとプールで過ごした。
しかしせっかくなので、一度だけ、町歩きをした。
私にとっては、初めてのイスラム国だった。
なので、ヒジャーブ(頭にかぶるスカーフ)をした女性を見るだけで、
「ああ…イスラム国なんだ…」
と新鮮に感動したりした。
Tシャツにジーンズ、片手に携帯電話、でも頭にはヒジャーブ。
という若い女性を見ると、なんか不思議な感じはしたけれど。
■でも、もちろん…
私がエジプトで「ありゃ」と思ったのも、ヨルダンでガクッと来たのも、ヒジャーブをした女性がケータイで話しているのを不思議に感じたのも、観光客の勝手な感想だ。
あの、飛行機で1〜2時間飛んでも続く広い砂漠(エジプト)や、車で何時間走っても続く、岩山ばかりの場所を移動する(ヨルダン)と、あるいは、高さ何メートルもある木が生い茂るジャングルを実際に歩いてみる(ボルネオ)と、やはり、携帯電話は必需品だと実感する。
インフラ的にも、ああいう土地柄には合ってるんだろうなと思った。
2007年07月18日
滋賀県 琵琶湖東部旅行 こぼれ話
7月の3連休で、滋賀県 琵琶湖東岸の長浜市、彦根市、安土町へ旅行に行った。その時に遭遇した、ちょっとしたエピソード。
■JR西日本の「安全第一」
安土駅近くには、これといった宿がないようなので、隣の近江八幡駅前のホテルに1泊した。
朝、近江八幡駅から安土駅へ行こうとしたら、大阪・吹田駅のあたりで人身事故があったそうで、電車が止まっていた。
JR西日本だ。
いつ再開するかわからないというので、タクシーに乗った。
運転手さんが言うには、以前は、事故とかで遅れたら、遅れを取り戻そうと、スピードを上げたり、止まった場合は、とにかく早期の運転再開を図っていたそうだが、
「例の事故(2005年4月に兵庫県尼崎市で起きた、JR西日本 福知山線の脱線事故。108人が死亡)があってから、今は、遅れたら、遅れっぱなしですわ」
とのことだった。
両極端に振れすぎ。
っていうか、あの事故の責任を、世間から、かなり厳しく追及されて、JRさんは、ふてくされているようにも見えた。
「ええ、ええ。安全が一番大事なんでっしゃろ? ええですわ。そんかし、遅れたかて、知らんがな」
みたいな。(笑)
■滋賀は関西圏
地元の人は、関西弁っぽい喋り方をしていた。滋賀県内の、とくに南部などは、もう完全に京都や大阪の通勤圏らしい。
たとえば、「です」の発音。
東京だと、「で」にアクセントが来る。
滋賀だと、「すぅ」と尻上がりに伸ばして発音し、かつ、「ぅ」にアクセントが来る。
ところで、山の上にある、安土城址に登った。
石垣が残っているくらいで、ただの山って感じなのだが、一応、登り口のところに受付(?)があって、入場料500円が必要だ。
地元の人に、「安土の城跡に登った」という話をしたら、言われた。
「入場料500円、取られましたぁ? あ、やっぱり、取りよるやろ。ただの山やのにねえ。500円も取るんかいなと思いますやろ?」
……ここは、まぎれもなく関西圏だ。と思った。
■ヒッチコックではないが、「鳥」。
琵琶湖の中に浮かぶ、竹生島に、船で行った。
神社があり、歴史のある、神聖な島だそうだ。
船上からは、鳥がたくさん見えた。
カイツブリか、雁か、鷺か、私は鳥にうといので、よくわからなかったが、ホントにたくさんの鳥が、歌のとおり、「竿になり、鉤になり」、湖上を飛んでいるのが見えた。
「わ〜、琵琶湖っぽ〜い」
と感動した。
しかし、地元の人にとっては、増えすぎて困っているという。
そういえば、竹生島でも、木の上にたくさん止まっていた。ヒッチコックの映画ほどではなかったが。
■ひこにゃんのカブト
いま私は『ひこにゃん』に、ハマっているので、彦根では、シールとか、絵本といった、子供向けのひこにゃんグッズを、自分用に大人買いした。
絵本では、かぶりものをしていない、ひこにゃんを初めて見た。カワユス。
ご当地キティちゃんとのコラボ商品もあったりして。カワユス。
ところで、あのカブトの立て物(両サイドに立っている、ツノみたいな飾り)は、イラストというか、デザイン的なものだと思っていた。だって、みょうに長いし。
でも、違った。
博物館で、井伊直弼ら、当時の藩主にあつらえられた鎧兜の実物を見たところ、カブトの立て物は、ホントにあんなふうに、ビヨ〜ンと長いのだ。ほかの藩主のカブトもそうだったので、歴代、あのデザインが決まりごとなのかもしれない。
ちなみに、両サイドにツノを立てることができるのは、藩主だけなのだそうだ。
家臣は、カブトのヨコではなく、前(ひたいの上あたり)につけなければいけないと決まっていた。
ひこにゃんは、殿様の命を救ったということで、特別に、両サイドに立て物をつけたカブトをかぶっているらしい。
■湖底遺跡
琵琶湖には、「湖底遺跡」がある。
今回は行かなかったが、滋賀県湖北町の葛篭尾崎(つづらおざき)というところにある。
私もシロートながら結構あちこちの遺跡に行った(知ってる)つもりだったが、湖底にある遺跡というのは、初めて聞いた。
葛篭尾崎の沖の湖底に、縄文・弥生時代の土器などが数多く沈んでいる。
そのあたりは水深が深いところらしく、水深 数10メートルの湖底に沈んでいる遺跡は世界的にも珍しいそうだ。
なぜ、湖底か。
「人が住んでいた場所が地形変動で沈んだ」とか、
「祭祀で、土器などを投げ込む場所だったのでは」とか、
「水流の関係で、湖中にあった遺物が、そこに集まったのではないか」
など、いくつかの説があるという。
なかなか、古代ロマンを感じさせる話だ。
琵琶湖岸には、古代から人が住んでいた。
今回は行かなかった、湖の西側には、渡来人も多く住んでいたらしい。
地名も、比良山とか皇子山とか、北小松(司馬遼太郎は、「こま」=「高麗」ではないか、と書いている)、和邇、蓬莱、安曇など、古代や渡来人をイメージさせる名前が多くある。
また、今度は湖北や湖南〜湖西にも行ってみたいと思った。
■JR西日本の「安全第一」
安土駅近くには、これといった宿がないようなので、隣の近江八幡駅前のホテルに1泊した。
朝、近江八幡駅から安土駅へ行こうとしたら、大阪・吹田駅のあたりで人身事故があったそうで、電車が止まっていた。
JR西日本だ。
いつ再開するかわからないというので、タクシーに乗った。
運転手さんが言うには、以前は、事故とかで遅れたら、遅れを取り戻そうと、スピードを上げたり、止まった場合は、とにかく早期の運転再開を図っていたそうだが、
「例の事故(2005年4月に兵庫県尼崎市で起きた、JR西日本 福知山線の脱線事故。108人が死亡)があってから、今は、遅れたら、遅れっぱなしですわ」
とのことだった。
両極端に振れすぎ。
っていうか、あの事故の責任を、世間から、かなり厳しく追及されて、JRさんは、ふてくされているようにも見えた。
「ええ、ええ。安全が一番大事なんでっしゃろ? ええですわ。そんかし、遅れたかて、知らんがな」
みたいな。(笑)
■滋賀は関西圏
地元の人は、関西弁っぽい喋り方をしていた。滋賀県内の、とくに南部などは、もう完全に京都や大阪の通勤圏らしい。
たとえば、「です」の発音。
東京だと、「で」にアクセントが来る。
滋賀だと、「すぅ」と尻上がりに伸ばして発音し、かつ、「ぅ」にアクセントが来る。
ところで、山の上にある、安土城址に登った。
石垣が残っているくらいで、ただの山って感じなのだが、一応、登り口のところに受付(?)があって、入場料500円が必要だ。
地元の人に、「安土の城跡に登った」という話をしたら、言われた。
「入場料500円、取られましたぁ? あ、やっぱり、取りよるやろ。ただの山やのにねえ。500円も取るんかいなと思いますやろ?」
……ここは、まぎれもなく関西圏だ。と思った。
■ヒッチコックではないが、「鳥」。
琵琶湖の中に浮かぶ、竹生島に、船で行った。
神社があり、歴史のある、神聖な島だそうだ。
船上からは、鳥がたくさん見えた。
カイツブリか、雁か、鷺か、私は鳥にうといので、よくわからなかったが、ホントにたくさんの鳥が、歌のとおり、「竿になり、鉤になり」、湖上を飛んでいるのが見えた。
「わ〜、琵琶湖っぽ〜い」
と感動した。
しかし、地元の人にとっては、増えすぎて困っているという。
そういえば、竹生島でも、木の上にたくさん止まっていた。ヒッチコックの映画ほどではなかったが。
■ひこにゃんのカブト
いま私は『ひこにゃん』に、ハマっているので、彦根では、シールとか、絵本といった、子供向けのひこにゃんグッズを、自分用に大人買いした。
絵本では、かぶりものをしていない、ひこにゃんを初めて見た。カワユス。
ご当地キティちゃんとのコラボ商品もあったりして。カワユス。
ところで、あのカブトの立て物(両サイドに立っている、ツノみたいな飾り)は、イラストというか、デザイン的なものだと思っていた。だって、みょうに長いし。
でも、違った。
博物館で、井伊直弼ら、当時の藩主にあつらえられた鎧兜の実物を見たところ、カブトの立て物は、ホントにあんなふうに、ビヨ〜ンと長いのだ。ほかの藩主のカブトもそうだったので、歴代、あのデザインが決まりごとなのかもしれない。
ちなみに、両サイドにツノを立てることができるのは、藩主だけなのだそうだ。
家臣は、カブトのヨコではなく、前(ひたいの上あたり)につけなければいけないと決まっていた。
ひこにゃんは、殿様の命を救ったということで、特別に、両サイドに立て物をつけたカブトをかぶっているらしい。
■湖底遺跡
琵琶湖には、「湖底遺跡」がある。
今回は行かなかったが、滋賀県湖北町の葛篭尾崎(つづらおざき)というところにある。
私もシロートながら結構あちこちの遺跡に行った(知ってる)つもりだったが、湖底にある遺跡というのは、初めて聞いた。
葛篭尾崎の沖の湖底に、縄文・弥生時代の土器などが数多く沈んでいる。
そのあたりは水深が深いところらしく、水深 数10メートルの湖底に沈んでいる遺跡は世界的にも珍しいそうだ。
なぜ、湖底か。
「人が住んでいた場所が地形変動で沈んだ」とか、
「祭祀で、土器などを投げ込む場所だったのでは」とか、
「水流の関係で、湖中にあった遺物が、そこに集まったのではないか」
など、いくつかの説があるという。
なかなか、古代ロマンを感じさせる話だ。
琵琶湖岸には、古代から人が住んでいた。
今回は行かなかった、湖の西側には、渡来人も多く住んでいたらしい。
地名も、比良山とか皇子山とか、北小松(司馬遼太郎は、「こま」=「高麗」ではないか、と書いている)、和邇、蓬莱、安曇など、古代や渡来人をイメージさせる名前が多くある。
また、今度は湖北や湖南〜湖西にも行ってみたいと思った。
2007年07月11日
最近お気に入りのキャラクター
突然のキャラクターネタで恐縮だが、今いちばん気に入ってるキャラクターは、「ひこにゃん」だ。
滋賀県彦根市にある彦根城の、築城400年祭のキャラクターとして誕生した。「井伊の赤備え」のカブトをかぶったネコだ。
カブトの両脇についた立て物が、とがっていて戦さっぽくてちょっとイヤなのだが、本人(本猫)のトボけた顔つきと、ひこにゃんという脱力系な名前がかわいい。
座ってるバージョンと、ピョンと飛んでるバージョンと、カタナを持ってるバージョンがある。私はちょこんと座ってるバージョンが一番かわいいと思う。
また、着ぐるみをかぶった写真バージョンでは、「んしょ」みたいな感じで、前屈と後屈している写真がかわいい。
以前から気に入ってるのは、JR東日本のICカード「スイカ」のペンギン。
とくに好きなのは、カードをなくして「しょぼん」となってるバージョンだ。カワユス。
もうひとつ、ミッキーマウスとドナルドダックの変わったバージョン。
他人様のブログで最近発見した、「口がパカッとなった」ミッキーさんと、「棒が一本あったとさ…」の歌で描く「コックさん」の落書きみたいなドナルド。これも、カワユス。
……すみません。きょうは脱力系のネタで・・・・・・。
滋賀県彦根市にある彦根城の、築城400年祭のキャラクターとして誕生した。「井伊の赤備え」のカブトをかぶったネコだ。
カブトの両脇についた立て物が、とがっていて戦さっぽくてちょっとイヤなのだが、本人(本猫)のトボけた顔つきと、ひこにゃんという脱力系な名前がかわいい。
座ってるバージョンと、ピョンと飛んでるバージョンと、カタナを持ってるバージョンがある。私はちょこんと座ってるバージョンが一番かわいいと思う。
また、着ぐるみをかぶった写真バージョンでは、「んしょ」みたいな感じで、前屈と後屈している写真がかわいい。
以前から気に入ってるのは、JR東日本のICカード「スイカ」のペンギン。
とくに好きなのは、カードをなくして「しょぼん」となってるバージョンだ。カワユス。
もうひとつ、ミッキーマウスとドナルドダックの変わったバージョン。
他人様のブログで最近発見した、「口がパカッとなった」ミッキーさんと、「棒が一本あったとさ…」の歌で描く「コックさん」の落書きみたいなドナルド。これも、カワユス。
……すみません。きょうは脱力系のネタで・・・・・・。
2007年07月02日
クジャク。
なんでこんなニュースともいえないニュースが『AFP』サイトに入っているのか、よくわからないが(笑)、きれいなので、当ブログにも、入れてみた。(←テキトーですみません)
というわけで、クジャクの思い出をひとつ入れよう。
何年か前、マレーシアのボルネオ島のリゾートに行ったことがある。
(ちなみに、島の一部がマレーシア領で、「ボルネオ島」というが、同じ島の一部はインドネシア領で、同国では「カリマンタン島」と呼ぶ。また、島の一部はブルネイ王国の領土でもある。ややこしいな)
海外のリゾートではよくあるが、そこも、敷地が広く、トリとかの動物がたくさんいる(放し飼いなのか、無断で進入してくるのかは不明)。
オープンエアのレストランで朝ごはんを食べていると、ふつうにクジャクが入ってきた。
コツ、コツ、と足音を立てながら、堂々の入場、というカンジで、テーブルの間を歩いている。いやホントに。私はビックリした。
両サイドには、ちびクジャクがそれぞれ1羽ずつ、ついて歩いていた。クジャクのこどもらしいのだが、全身、茶色いのだ。
「ヘェー、ヒナは茶色いんだ〜」
と思った。ウズラみたいで、かわいかった。
(とくにオチはありません。すみません。)
2007年06月28日
「ハトシェプスト女王のミイラ」報道について
すごい。あの、超有名人(?)のハトシェプスト女王のミイラだなんて。
私は、古代エジプト史では、同女王とアクテンアテン王のファンだ。
(考えてみたら、古代エジプトの王や女王って、究極のセレブ・・・?(笑))
以前、エジプトに行った時、カイロ博物館でミイラを見た。(ハトシェプスト女王のではないけど)
上の映像と同様に、髪の毛やツメもついていて、ミイラとはいえ、けっこう生々しかった。
「数千年も昔の人を、目の前にしているのだ」
と思うと(イヤ、ミイラなんだけど)不思議な感じがした。
映像にある、ルクソールのハトシェプスト女王葬祭殿も行ったよ。
行ったことのある方ならご存知だろうが、バスを降りて、かなり歩いた。映像を見てのとおり、途中、日陰はぜんぜんないし。
山のほうには、壁画に描かれているような、黒い犬がウロウロしていたのを憶えている。
2007年06月26日
美味い日本酒とワイン。ごくり…。
最近、飲んだ、お酒の話。
■伏見の『風林火山』
日本酒で、『風林火山』という名前のお酒を飲んだ。
てっきり、山梨県のお酒だと思って買った。武田信玄。今年のNHK大河ドラマの関連ネタ、みたいな感じで。
しかしよく見ると、京都・伏見のお酒だった。がくし。
伏見のお酒、好きだから、いいんだけど。
■濃厚なロゼ
最近飲んだロゼワインでは、
「……?」
と思うものがあった。
すごくトロリとしてて(←もののたとえで、ホントにトロミがついてたわけではないのだが…)、濃厚で、なんちゅうか、シェリー?みたいな濃さ。といっても、スペインじゃなくて、フランスのワインなのだ。
でも貴腐ワインとかみたいに甘いわけじゃない。ワインじゃなくて、蒸留酒みたいな濃厚さ。
1999年のだからだろうか。私は普段、あまり古いものを飲まない(だって高いし(笑))ので、よくわからなかった。(まあ、1999年といっても、とくに古いとは言えないとは思うが・・・)
私の貧弱な経験では、ロゼって、ジュースみたいに甘いか、キリッと辛め、というイメージだったので。
■水のようなミュスカデ
真逆だったのは、ミュスカデ。
水みたいだった。
あ、これはいい意味で。ヘンなクセとかがなくて、美味しくて飲みやすいという意味だ。
時々、お店でグラスワインを頼むと、こういうのが出てくる。もちろん、その時々で、いろんな産地の、いろんなぶどう品種の、いろんなブランドのものが出てくるのだろうが。
そのひとつが、ミュスカデなのだと、初めて知った。
ものの本には、「ミュスカデ」って、ぶどうの種類の名前として書かれていた。いまネットで見たら、「フランス、ロワール地方の辛口 白ワイン」のことだと書かれている。
私は薀蓄には興味がないので、まいっか、どっちでも(笑)。
■上善如水
水のような日本酒といえば、『上善如水』。
イヤホント、上善、水のごとし。
むかし初めて飲んだ時には、
「これが日本酒か!?」
とビックリした。
今も時々、飲む。相変わらず、美味い。
先日も、飲んだ。白身魚のサシミと合わせると…口福、至福…。
■フランスのワイン見本市『ワイン・エキスポ』
下の映像は、上記の文とは関係ないのだが、美味しそうなので、入れてみた(笑)。
ほかの『ヴィネクスポ』(ワイン・エキスポ)関連のページも見て思ったのだが、欧米のモノやディスプレイって、やっぱりなんかセンスが良い。
以前、仕事で時々、ヨーロッパをはじめとした海外の、インテリアや生活雑貨関連の展示会(開催地は日本だけど)に行く機会があって、いつも楽しみだったなあ。
■伏見の『風林火山』
日本酒で、『風林火山』という名前のお酒を飲んだ。
てっきり、山梨県のお酒だと思って買った。武田信玄。今年のNHK大河ドラマの関連ネタ、みたいな感じで。
しかしよく見ると、京都・伏見のお酒だった。がくし。
伏見のお酒、好きだから、いいんだけど。
■濃厚なロゼ
最近飲んだロゼワインでは、
「……?」
と思うものがあった。
すごくトロリとしてて(←もののたとえで、ホントにトロミがついてたわけではないのだが…)、濃厚で、なんちゅうか、シェリー?みたいな濃さ。といっても、スペインじゃなくて、フランスのワインなのだ。
でも貴腐ワインとかみたいに甘いわけじゃない。ワインじゃなくて、蒸留酒みたいな濃厚さ。
1999年のだからだろうか。私は普段、あまり古いものを飲まない(だって高いし(笑))ので、よくわからなかった。(まあ、1999年といっても、とくに古いとは言えないとは思うが・・・)
私の貧弱な経験では、ロゼって、ジュースみたいに甘いか、キリッと辛め、というイメージだったので。
■水のようなミュスカデ
真逆だったのは、ミュスカデ。
水みたいだった。
あ、これはいい意味で。ヘンなクセとかがなくて、美味しくて飲みやすいという意味だ。
時々、お店でグラスワインを頼むと、こういうのが出てくる。もちろん、その時々で、いろんな産地の、いろんなぶどう品種の、いろんなブランドのものが出てくるのだろうが。
そのひとつが、ミュスカデなのだと、初めて知った。
ものの本には、「ミュスカデ」って、ぶどうの種類の名前として書かれていた。いまネットで見たら、「フランス、ロワール地方の辛口 白ワイン」のことだと書かれている。
私は薀蓄には興味がないので、まいっか、どっちでも(笑)。
■上善如水
水のような日本酒といえば、『上善如水』。
イヤホント、上善、水のごとし。
むかし初めて飲んだ時には、
「これが日本酒か!?」
とビックリした。
今も時々、飲む。相変わらず、美味い。
先日も、飲んだ。白身魚のサシミと合わせると…口福、至福…。
■フランスのワイン見本市『ワイン・エキスポ』
下の映像は、上記の文とは関係ないのだが、美味しそうなので、入れてみた(笑)。
ほかの『ヴィネクスポ』(ワイン・エキスポ)関連のページも見て思ったのだが、欧米のモノやディスプレイって、やっぱりなんかセンスが良い。
以前、仕事で時々、ヨーロッパをはじめとした海外の、インテリアや生活雑貨関連の展示会(開催地は日本だけど)に行く機会があって、いつも楽しみだったなあ。






