2007年08月15日

竹ヤリとバブルとオレオレ詐欺
〜終戦記念日に寄せて

 以前、ほんの一時期だが、70代の女性としばらく一緒にいたことがある。(いまは80歳くらいになっているかな)

 親戚とかではなく、まったくの赤の他人だ。
 家族や親戚や親しい友人・知人なら、バックグラウンドとか、考え方が、ある程度、似ている、あるいは馴染みがある。
 しかしその人は、赤の他人なので、私とは、生き方や考え方が、まるで異なる人だった。

■竹ヤリで本気で戦おうと

 彼女は昭和ヒトケタの生まれで、終戦時は10代半ば〜後半くらいだった。
 戦前・戦中の学制でいうところの「女学校」出で、戦後は一時、教師を務めていたような、賢くて教養のある人だ。

 その彼女が、何かの折に、戦争中の話になった時、私に言った。
「当時は、米軍が来たら竹ヤリで戦おう、って本気で思ってたわ」

 私は驚いた。

 だって、私が読んだ、当時の人が当時書いた物の多くは、たとえば、
「こんな勝ち目のない戦争に日本を引きずり込んだヤツらは、報国の徒ではない。亡国の輩だ」
みたいな内容が多かった。
 それも、全く違う人が、全く違う場所、全く違う時に、日記や手紙として、書き残したものだ。
 学徒出陣などで、若くして出征し、戦死・戦病死した人が多かった。なので、戦後、「戦争への反省とともに」書かれたものではない。戦時中にリアルタイムで書かれたものだ。

 それで、私は彼女にそう言った。
 すると彼女は、
「でも、当時は情報統制されていたのよ」
と反論する。

 しかし、と私は思った。
 常識的に考えて、食べ物・物資・燃料は欠乏する、空爆はバンバン来る、男性はドンドン兵隊に取られて帰って来ない、あるいは白木の箱となって帰って来る。
「どう考えても、大本営発表は、あやしいんじゃないか…?」
と思うだろう。
 というか、実際そう思っていた人は多かったようだ。私も、当時その場にいたら、たぶんそう思っただろう。

 でも、いま目の前にいるこの人は、上から言われるまま、何の疑問も持たずにそれを信じ、また、もし機会があれば、命令されるまま、米軍の爆撃機や機銃掃射に、竹ヤリで向かって行くつもりだったのか…。

 そう思うと、私はぼう然としたのだった。

■マスコミに反論するなんて

 ちょうどそのころ(いまから数年前)、大手メーカーの自動車の、タイヤが外れる事故が相次いで起き、人死にまで出る騒ぎになっていた。
 当初、自動車メーカーは、「使用者(運転手)側の整備不良」で押し通していた。そして、新聞やテレビの報道も、そのメーカー発表をそのまま流していた。

 でも、私は、どう考えても、
「整備不良で、タイヤがいきなりボコッと外れて飛んで行くか? しかも、何件も相次いで起こっている。その全てが整備不良なんて、偶然の一致にもほどがある」
と思っていた。

 それを言うと、彼女は、私をたしなめた。
「あなたごときが、大新聞やNHKの報道に反論するなんて、おこがましい。新聞やテレビが言っているのだから、間違いはないのだ」
という趣旨のことを言った。

 その後の調査の結果、事実は、やはり製造側のミスだった。その後、メーカー側は、製造物(製造者)責任を認めた。

■人について行けば、大丈夫

 彼女は、同世代の人たちで構成する「歩こう会」に入っていて、時々、お友達と一緒に、自然のなかや史跡などを歩きに行っていた。

 その時々で行き先は異なり、世話役さんが、事前に、ルートや地元の見所などを調べて、地図や資料などを渡してくれる。

 彼女は言った。
「でも、地図なんて見ないのよね」
 私は訊いた。
「どうしてですか?」
「だって、幹事さんや、他の人について行けばいいんだもの」
「怖くないですか? 自分がどこにいるのか、どこへ向かっているのか、分からないなんて。迷子になっちゃうかもしれないし」
「一生懸命、ついて行けば大丈夫よ」

■レミングでなければ、生きていけない時代だった

 彼女の考え方や生き方は、私から見たら、「はぁ!?」というような、考え方や生き方だ。

 戦争中は、言われるままに必死で戦争に加担し(勤労奉仕で、武器弾薬をせっせとつくっていたりもしたそうだ)、高度成長期やバブル期はがむしゃらに働き、老後はオレオレ詐欺に高いお金を払う(彼女はオレオレ詐欺には遭わなかったが、あやしげな「リフォーム」や「消火器」に、高いお金を払っていた)。

 私は、戦時中やバブル期のことを思うと、
「日本人って、レミングみたいだなあ」
と、いつも思う。

 けれども、私には、彼女を愚かだと断じる資格はない。
 そういう時代・世代だったのだ。

 軍隊で、上官に楯突いたために、最前線に飛ばされて、一番に死ぬハメになった人たちの話は、イヤというほど読んだ。
 また、戦時中はご近所や町内で孤立したら、生きていけないような仕組みになっていた。
 高度成長期には、多くの日本人が滅私奉公的にモーレツに働いたおかげで、こんにちの経済大国ニッポンの礎ができた。

■オトナの判断ができる、成熟した国に

 しかし、いまの多くの日本人は、もう違う。

 先日、報道された調査結果では、国民の8割が、愛国心が「ある」または「ある程度ある」と思い、そのうちの9割が、日本が戦前・戦中に行なった侵略や植民地支配を「反省する必要がある」と答えたそうだ。

 上から言われるままに、何も考えず滅私奉公するのではなく、
「日本という国は好きだが、悪いところは冷静に見つめ、間違いは間違いだ」
と、客観的な判断ができる。

「クロかシロか」
ではなく、
「クロもシロもある。グレーだって、マーブルもようだってアリだ」
という、オトナの判断ができる。

 日本は、成熟した国になっている。もう二度と、同じ間違いを犯さない。
 そう思いたい。


posted by 田北知見 at 17:09 | 東京 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | 〜について思ったこと
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