2007年07月26日

自然や文化の保持と、経済成長の両立



 この手の話を見る(聞く/読む)と、いつも思う。
「こんなに美しい自然や景色が、破壊されてしまうのか…」
「純朴な人々が、カネ(経済)の洗礼を受けて『汚れて』しまうのか…」
と。

 でも、そんなのは外国人の勝手な言い分で、現地の人々は、やはり、「先進国」の人と同じような生活がしたいと思うのだろう。代わりに、カネでは買えない、いろんな大切なものを失ってしまうとしても。

 ただ、この映像を見て気になった。
 採掘業者さんも、不動産業者さんも、白人だったのはなぜだろう? モンゴル人の多くは、その恩恵に浴してないってことかな?

 一方で、もし、国民皆が、昔の日本みたいに経済成長の恩恵を受けることができるのなら、「美しい景色」なんて捨てちゃってもいいのかも。(私はそうは思わないが、少なくとも、高度成長期の日本人の多数のコンセンサスでは、そうだった)

 最近、司馬遼太郎の『街道をゆく』モンゴル紀行を読んでいる。(同時並行でいろいろ読むので…(笑))
 司馬がモンゴルに行ったのは、1970年代だったようで、いまとはだいぶ様子が違うようだ。途上国であり、かつコテコテの社会主義国で、ソ連(当時)との関係が濃厚な国。
 そういう国を旅行するのは、かなり大変だったようだ。

 それを考えれば、「ひらかれた国」になるのは、必ずしも悪いことではないのかも。と思ったりもする。

 しかし一方で、椎名誠が書いていた。
「モンゴルはいい。ただし、遊牧民から渡された馬乳酒に、馬の毛が入っていたりする。それを、『ヤダー』と思うような人には、モンゴルの良さは解らない」
みたいなことを、昔、読んだ憶えがある。(椎名がモンゴルに「かよって」いたのは、たぶん1980年代頃)

 自然や、昔ながらの文化保持と、産業・経済成長。なんとかして両立していってほしい。失敗した先輩国(日本)の国民としては、そう思う。


posted by 田北知見 at 17:22 | 東京 🌁 | Comment(2) | TrackBack(0) | 〜について思ったこと
この記事へのコメント
「天才柳沢教授の生活」は、15巻だけが私の本棚にあります。
モンゴル編とでも言うべきこの巻は、2000年1月発行なので取材〜執筆は90年代ですね。
何故15巻だけかというと、モーニング連載時に、作者の山下和美(さん)に、憑き物でも憑いたのではないかと思うくらい、突然面白くなり(それまでがつまらなかったと言うわけではないのです、念のため)「単行本を買わずにはいられなかった」からなのです。
ストーリー展開のスピード感や、キャラクターの生命感が秀逸なのです。
きっと、彼女を高揚させるものがモンゴルにはあったのだと思います。

教授のゼミの矢部君が
「文化(Culture)は農耕(cultivate)を母とし、文明(Civilization)は都市(City)を母とし
近代は成り立ってきた
そして
その我々の近代は
今 明らかな行き詰まりを見せている。
農耕とも都市とも無縁な”放牧”という太古からの生活形態はこの行き詰まりに対するアンチテーゼ足りうる」
と言います。
けだし名言だと思います。

「羊」と「馬」と「パオ」だけ持って、草が生えたら家畜がそれを食べ、人間はその乳を飲む。
草が少なくなると、家畜は移動し、人間もそれにつれて移動する。
それだけで生きていけたら楽しいだろうと思います。

それではガリガリにやせ細ってしまうんじゃないかと思ったけど、朝青龍はモンゴルにいた時からガッチリしていたもんね。

100年くらいで掘り尽くしてしまうのなら、採掘後は、きちんと埋め戻して、草を生やして、500年後も放牧をやっているといいですね。
Posted by 朝青龍 at 2007年07月27日 00:21
「天才柳沢教授の生活」は、15巻だけが私の本棚にあります。
モンゴル編とでも言うべきこの巻は、2000年1月発行なので取材〜執筆は90年代ですね。
何故15巻だけかというと、モーニング連載時に、作者の山下和美(さん)に、憑き物でも憑いたのではないかと思うくらい、突然面白くなり(それまでがつまらなかったと言うわけではないのです、念のため)「単行本を買わずにはいられなかった」からなのです。
ストーリー展開のスピード感や、キャラクターの生命感が秀逸なのです。
きっと、彼女を高揚させるものがモンゴルにはあったのだと思います。

教授のゼミの矢部君が
「文化(Culture)は農耕(cultivate)を母とし、文明(Civilization)は都市(City)を母とし
近代は成り立ってきた
そして
その我々の近代は
今 明らかな行き詰まりを見せている。
農耕とも都市とも無縁な”放牧”という太古からの生活形態はこの行き詰まりに対するアンチテーゼ足りうる」
と言います。
けだし名言だと思います。

「羊」と「馬」と「パオ」だけ持って、草が生えたら家畜がそれを食べ、人間はその乳を飲む。
草が少なくなると、家畜は移動し、人間もそれにつれて移動する。
それだけで生きていけたら楽しいだろうと思います。

それではガリガリにやせ細ってしまうんじゃないかと思ったけど、朝青龍はモンゴルにいた時からガッチリしていたもんね。

100年くらいで掘り尽くしてしまうのなら、採掘後は、きちんと埋め戻して、草を生やして、500年後も放牧をやっているといいですね。
Posted by at 2007年07月27日 00:24
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