2007年04月25日

権力のある人ほど、人の痛みを解ってほしい。ってのは望みすぎかな?(笑)

 スコット・トゥローの『死刑判決』(佐藤耕士 訳)を読んだ。
 リーガル・サスペンスだ。

 物語は、ある殺人事件の被告に死刑判決が出て、死刑執行の数ヵ月前の時点から始まる。
 そこから、主人公たちが、それまでの捜査、自白、裁判の不備を、1つひとつ発見してほどいていく。新たな証拠や証言が出てきて……。という話。
 二転三転するストーリーはスリリングで、ワクワクしながら読んだ。
 作者が、もと検事補で、現在、現役の弁護士というだけあって、法理論やリアルな裁判シーンも、読み応えがある。

 結論からいうと、

〈以下、ネタバレ注意〉

 冒頭の「死刑囚」は冤罪だった。
 アメリカの(たぶん日本も含めた他の国も同様だろう)、警察の捜査や、「自白」や、裁判の、杜撰さの一例が、浮き彫りになっており、いろいろ考えさせられる。
 もちろん、人間のやることなので、すべて完璧というわけにはいかない。というのもわかるが。

■冤罪と権力

 それと、昔、警視庁勤務のかたに聞いた話を思い出した。

 当時、冤罪事件が何件か続いて、話題になっていた。それについて、話を振ってみたところ、その人は、要旨、次のように答えた。
「強引な捜査や、暴力による『自白』の強要は、もちろんいけないことだ」
「しかし、行き過ぎてしまう捜査員の気持ちは、同業者として解る」
「たとえば殺人なら、酷い目に遭った被害者の遺体を目の当たりにする。捜査の必要上、遺族や被害者の周囲の人に、何度も会い、何度も話を聞く」
「どうしても、犯人を挙げなければ、と一生懸命になってしまう」

 それは私にも解る。
 残忍な犯罪の報道を見るたびに、「犯人にも、同じ目に遭わせて、被害者が受けた苦痛を味わわせてやればいいのに」と思う。

 しかし一方で、「力」(いわゆる「権力」)を持つ人たちは、それなりの自制心、冷静さ、公正さ、を持つべきだと思う。それができない人は、そういう立場に就くべきではないと私は思う。

 人の痛みには鈍感なくせに、自分が攻撃されたら、怒って大騒ぎをする 安倍首相 人もいるようだが。


posted by 田北知見 at 17:23 | 東京 🌁 | Comment(0) | TrackBack(0) | よいこの読書感想文
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