2007年04月03日

ポン酒とシバリョー。至福の時。

 きのうのお酒は、日本酒だった。
 デパ地下で、広島・西条のお酒を試飲した。口に含むと、お米の味が、ぶわっとして、とろりと濃かったので、気に入って、それを買った。
 ツマミは、エビのサシミ、アジのたたき、壬生菜のおひたし、湯葉とみょうがの酢の物、里芋(エビイモかも)を茶巾風にしたもの、千枚漬け。

 好きな司馬遼太郎の小説を読みながら、飲った。
 久しぶりに再読した、『故郷 忘じがたく候』。
 好きな本を読みながら、好きなものを飲み食いする。至福の時だ。(←そんなんで…良いのか…?という気はするが…w)

■日本人だったら

 『故郷…』は、400年以上の昔、豊臣秀吉の朝鮮出兵の際、島津軍から拉致されて、薩摩に住むことになった、朝鮮人の作陶工人たち(あるいは、貴族たち)と、その子孫の物語だ。
 もちろん、涙なしには読めないのだが、私はいつも、この手の話を読んだり聞いたりすると、「すごい」と思う。

 何が?
 たとえば、その物語によると、彼らはその後、400年以上、代々、日本に住みながら、一度も朝鮮に帰らずに、それでもずっと、朝鮮文化を保ち続けている。

 その手の話は、たとえば、ユダヤ人のイスラエル建国の経緯についても、言える。2000年ちかくの間、世界中にちらばって住んでいたのに、2000年後に、再び「シオンに帰って」ひとつの国を建国してしまう。(その是非はともかくとして)
 また、たとえば、世界中にチャイナタウンがある。

 日本人だったら、たぶんそうはいかない。
 もし、外国に住まなければならなくなったら、それぞれの現地に、人としても、文化的にも、あっという間に溶け込んでしまって、すぐにまぎれてしまうだろう。
 たとえば、山田長政らが移住していたという、タイのアユタヤ。当時は日本人街があったらしいが、今はほとんどその面影はないそうだ。やはり、400年ほど前のことだ。
 ハワイに、もと日本人街がある。私は行ったことがないが、観光本の写真とかで見る限りは、「なんとなく、日本風かな…?」と思われる程度の町並みだ。移民が始まったのは、百数十年前だと思う。

 もちろん、日本人の柔軟性は、良い面も多々あるのだが。


posted by 田北知見 at 18:15 | 東京 ☁ | Comment(0) | TrackBack(0) | 趣味に走ってスミマセン
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