2007年03月23日

城山三郎氏の訃報に接し、思ったこと。

 また1人、この国は、硬骨の士を喪ってしまった。
 作家・城山三郎の訃報に接し、私はそう思った。
                 
 それで思い出した。
 訃報ではないが、昨年、「田 英夫 参議院議員が、2007年通常国会をもって引退する、と表明した」との報道に接した時、同じように思った。
 この国のために、あきらめずに発言し続ける、硬骨漢がまた1人、政治の舞台からいなくなってしまう。

 1998年に、大田昌秀氏が沖縄県知事を辞めた時も、そう思った。

■「伝えるのは、戦争を体験した世代の責任」

 以前、このブログの、『趣味に走ってスミマセン』カテゴリ 2006年5月29日付けに城山氏のことを書いた。
 他の作家の中には、時代に迎合して、コロコロと変節する人もいるのに、城山は、そうではない。一貫して、「戦争は、勝ったほうも負けたほうも、ただただ悲惨だ。やらないやつが本当の勝者だ」と言い続けた。

 その本のなかで、澤地久枝氏との対談では、
「戦争の悲惨さを伝え、同じ過ちを犯さないようにするのは、われわれ戦争を体験した世代の務めだ」
ということを、確認し合っていた。
                 
 それで思い出したのが、画家の香月泰男だ。

 香月は、1911年、山口県三隅町(現 長門市)生まれ。美術教師だったが、召集を受けて満洲(現 中国東北地区)へ赴任。戦後、ソ連軍による、いわゆるシベリア抑留に遭う。
 帰国後、シベリア抑留に題材を得た「シベリア・シリーズ」などの作品で有名になる。1974年、死去。

 奥様の婦美子さんの話によると、香月は、戦後(帰国後)数十年、経った後も、シベリア時代のことが夢に出てきて魘され、夜中や明け方に目が覚めることが時々あったそうだ。
 そうして目が覚めると、シベリアで、望郷の思いのうちに亡くなった仲間たちのことを、
「あいつらのことを思うと、こうしてはいられない」
とつぶやき、夜中だろうが、明け方だろうが、そのまま起き上がってアトリエへ入り、絵筆を取っていたという。

■「戦争なんか、絶対、やるもんじゃないね」

 私は歴史が好きで、時によって、いろいろな時代に凝る。
 一時期、太平洋・日中戦争に凝った時には、関連書を何百冊か読み、いろいろな場所に行き、多くの証言を読んだり聞いたりした。
 東京・九段下の靖国神社とか、特攻隊基地のあった鹿児島の知覧とか、原爆が落とされた広島とか。ハワイのパール・ハーバー。サイパンの日本神社。韓国・ソウルの「日帝はこんなにひどいことをした」博物館。等々……。

 その結果、私が思った、旧日本帝国軍人の経験者の法則(笑)。

 軍隊で、おいしい目に遭った人。たとえば、(運良く、あるいは、親のコネで)企業でいうと、本社の管理部門のような部署に配属され、比較的、楽な任務に就き、シャバではお目にかかれないようなご馳走を食っていた、とか。
 そういう人は、「軍隊も、そう悪いものじゃない」とノンキなことを言っている。(たとえば、阿川弘之…が、そうだとは言わないが…)

 逆に、軍隊で、死にそうな目に遭った人。たとえば、あと数日、終戦が遅れていたら、自分にも出動命令が降りたはずで、確実に死んでいた、とか。隊内リンチで、もうちょっとで殺されそうになったとか。
 そういう人は、戦争の悲惨さ、恐ろしさを実感として知っているので、戦争にはノー、となる。
                 
 以前、旧陸軍にいた人の話を聞いたことがある。

 その人は、大学から、あるいは大学卒業後に召集された。
 なので、はえぬきではないのに、入隊して短期のうちに、企業でいうところの中間管理職クラスになってしまった。
 敗戦の時、ソウルだかピョンヤンだかにいたそうだ。

 私が話を聞いたのは、終戦から何十年も経ってからのことだ。
 しかし彼は、つい昨日のことのように、忌々しげな口調で言った。
「敗戦がわかったとたん、一番上のヤツらが、一番先に飛行機に乗って、国に逃げ帰りやがった。俺たちに、『あとはちゃんとやっとけ』と命令だけして」
 しょうがないから、彼は、仲間たちと協力して、残すとマズい書類や証拠品を焼いたり埋めたりして、いろいろ処理をしたうえで、命からがら逃げ帰ったそうだ。

 その人は、私が話を聞いた当時、すでに70代だったが、私から見ると、かなり無頼な人で、そうした荒事を好みそうな人だった。
 なので、私は訊いてみた。
「戦争は、大変だったけど、おもしろかった、と思いますか?」
 その人は、ムッとした顔で、吐き捨てるように言った。
「戦争なんか、絶対、やるもんじゃないね」


posted by 田北知見 at 18:26 | 東京 ☀ | Comment(3) | TrackBack(0) | 〜について思ったこと
この記事へのコメント
城山三郎という硬骨の文学者を失ったことの感想。

そして、戦争経験の違いと戦争評価との「連動性」の指摘。

まったく同感です。

戦争の最前線の泥沼の経験、弱者の経験、そんなことを知らない奴に限って、「国士」「愛国者」を気取り「大言壮語」をするものです。

そして、調子のよい、威勢のよい、「精神的な訓戒」ばかりを垂れるのです。

しかし、その内面的な姿は、ただの、甘えた「坊ちゃん」に過ぎません。いつも世も。
Posted by 同感の士 at 2007年03月28日 12:21
城山三郎についての感想。戦争経験の質と戦争評価との連動性の指摘。

どちらも、まったく同感です。

戦争の実態、本質を知らない奴に限って、「国士」を気取り、「大言壮語」をするものです。

しかし、そんな人の内面的な実質は、甘えた「お坊ちゃん」に過ぎません。

そういう人は、公的な場所に、偉そうな顔をして、ふんぞり返っていますよね。弱い部下をいじめてね。

外にはカッコイイ「コメント」をして、颯爽と。
Posted by 同感の士 at 2007年03月28日 12:27
城山三郎についての感想、

戦争経験の質と戦争評価との「連動性」の指摘、

どちらも、まったく同感です。

城山のような「気骨」ある言論人が、もっと出て来なければいけない。

戦争の実態、弱者にとっての戦争の本質を知らない奴に限って「大言壮語」するものです。

「国士」「愛国者」を気取って、威勢のよい、調子のよいことばかり言う。

その内面的な実質は、ただの甘えた「お坊ちゃん」などという輩がいますよね。そんな人に限って、外部には格好をつけ、内部の弱者に対しては「ふんぞり」返っている。

いつの時代もそうです。
Posted by 同感です at 2007年03月28日 12:43
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