2007年03月15日

「万博」について。

 弊社 犬丸正寛社長のブログ3月14日付に、「万博」ネタが出ていた。
 大阪万博は1970年。当時、すでに現役の記者をされていたというのだから、驚きだ。
 ちなみに私はその年、2歳になった。やっと字を読んでいたころだ。
(時々、私は、書き手としての力量について、「いつか、この人に追いつけるのだろうか?」と思うことがある。キャリアの年数や、書き手としてのタイプが違うのだから、無理に追いつこうとしなくても・・・という気もするが(笑))

 私の記憶にある最初の万博は、1985年の、つくば万博だ。私は行っていないが、当時のカレシ(笑)が行って、お土産をもらった憶えがある。高校生の時だ。

 大学生の時に、福岡市でアジア太平洋博覧会があった。1989年だった。当時、私は同市内に住んでいたので、何度か行った。
 とくに記憶に残っているのは、ふたつ。

■私にとっての万博は「アジア太平洋博覧会」

 博覧会のコンセプトイメージフィルムで、
「日本人は、どこから来たのか?――柳田國男」
とあって、シビれた。

 それまで、あんまりそんなこと考えたことなかった。日本人は日本人であって、何千年も前からこの列島に住んでいた、くらいしか考えたことがなかった。
 その後、いろいろな本を読み、いろんな所でいろんなものを見て、この列島には、大陸や半島から、北方から南方から、何千年も何万年もかけて、いろいろな人たちが来て、その結果、こんにちの日本人が在るのだと知った。

 同博覧会は、「海のシルクロード」がテーマだった。各国から、さまざまな出展があった。

 それまで、私は海外といえば中国かアメリカ、せいぜいヨーロッパのことしか興味がなかったのだが、その博覧会で初めて、中東や南アジアのものに触れ、中ってしまったのだった。
 シリアの女神の石像とか、ガンダーラの、濃い顔の仏像とか…。
 インドパビリオンでは、シタールとかの「ミョヨヨ〜ン…」みたいな妖しい音楽と、充満したお香の香りと、手足がいっぱいある不気味な神様の像に、中ってしまった。

 もうひとつ、印象に残っているのは、富士通パビリオンだったと思う。DNAのイメージフィルムを上映していた。
 当時はDNAとか遺伝子とか、まだ目新しい概念だったと記憶している。(私が無知だっただけかもしれないが)
 それを、映像と説明で、「こんなものなのですよ」と教えてくれた。

 映像は、これまた当時まだそんなに普及していなかった3D映像。手でつかめるんじゃないかと錯覚するほどのリアルさに度肝を抜かれた。

 過日、東京・上野の国立科学博物館で行なわれた『大英博物館 ミイラと古代エジプト展』でも、やはり3D映像を見たのだが、むかし見た時ほど「おお…!」とは思わなかった。(もちろん、同展自体は素晴らしいものだったが。)
(かはくでのミイラ展はだいぶ前に終了しました。3月17日から、神戸市立博物館で開催。おもしろかったので、もし行けるなら、お勧めです。)

 今は、「インターネット時代に、万博でもないだろう」という人も多い。実際、博覧会や展示会って、人は多いし並ぶしで、とても疲れる。
 けれどもやはり、「その場に行って」「ナマで何かを見る」「その時代の空気を、肌で感じる」のは、得がたい経験だし、のちのち、良い思い出になると思う。


posted by 田北知見 at 15:49 | 東京 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | 趣味に走ってスミマセン
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