2007年01月30日

『硫黄島からの手紙』を観て

 クリント・イーストウッド監督映画『ミリオンダラー・ベイビー』を観たのは、海外旅行の、飛行機の中だった。
 機内の明かりは落としてあったが、周囲の人たちは、ふつうに眠ったり、友人どうしで、おしゃべりしていた。
 そういうなかで、映画を観て泣くのは、かなりみっともないことだ。
 けれども、私はそんなこと、構いやしなかった。目の前の小さな画面を(←エコノミークラスだったのでw)食い入るように観ながら、ボロボロと泣いてしまったのだった。

 遅ればせながら、『硫黄島からの手紙』を観た。『ミリオンダラー…』と同じだった。
 テーマ自体は、ズシリと重い。
 それを、控えめな演出、リアルなシーン、淡々と積み重ねるエピソードによって、登場人物それぞれの、人となりや、生きざまを、そして、悲劇を、えがき出す。
 抑えた色調の画面。シーンによっては、ほとんどモノクロームの世界だ。
 光と影のコントラストは、画面構成としては、むしろクラシカルな手法だろう。それが、衒いなく使われている。

 こんどは映画館の大画面で観たのだが、同じだった。上映開始後、5〜10分くらいで、もう涙がこみ上げてきて、最後まで、あのシーンに、このセリフに、泣きっぱなしだった。
 下手に拭うと顔がボロボロになるとわかっているので、涙がタレるにまかせていたら、終了後、セーターの胸のあたりがビショビショになっていた。相変わらずのマヌケぶりである(笑)。

■ナチュラルな「ハリウッド映画の日本人」

 従来、ハリウッド映画に出てくる日本軍の将兵は、カミカゼに代表されるような、マッドでクレイジーな人物か、何を考えているのかわからない、不気味なサルのように、えがかれることが多かった。

 従来、ハリウッド映画に出てくる日本や日本人は、ホンモノの日本人から見ると、「それ…アジアの…どこの国ですか…?」と質問したくなるような、えがかれ方をすることが多かった。

 『硫黄島からの手紙』に出てくる日本人は、ホンモノの日本人が見ても、奇異に感じることはほとんどなかった。
 その点だけでも、充分スゴイと思う。

(時々、「あ、これはアメリカ的な発想だな。日本人だと、まずこうはならない」とか、「このセリフはたぶん、英語の慣用句を自然な日本語に訳したので、こうなったんだな」と思うことはあったけど。あと、登場人物のなかで、「このキャラクターは、アメリカ人の好みを意識して、つくったのかな」と思われる人物もいた)

■アメリカの良心

 そして、えがかれ方もフェアだった。
 日本兵とアメリカ兵、どちらも同じように、いい人と、そうでもない人がいる。というか、ほとんどが、ふつうの人たちだ。

 米兵の持っていた、母親からの手紙を読んで、日本兵が、
「おれのオフクロからの手紙と同じような内容だった」
というシーンがある。
 アメリカ人の観客も、映画にえがかれた日本兵を見て、
「われわれと、同じなんだな」
と思ったのではないだろうか。

 米兵を、酷いやり方で殺す日本兵が出てくる。
 日本兵の捕虜を「見張りが面倒だから」という理由で撃ち殺す米兵も出てくる。
(実際に、あった話、ありえた話なのだろうか?(ジュネーヴ条約!) けど、現代でも、イラクやグァンタナモの刑務所・収容所で実際にあった話を聞く(読む)につけ、ありえたかも、とは思う)

 アメリカ人のなかには、ブッシュ 一部の人のように、自分の国が世界1正しくて、世界の標準で、違う意見はみんな間違い。他の国は全員、俺の言うことをきけ、みたいな人がいる。
 けれども、一方で、
「いや…必ずしも、そうとは言えないんじゃないか…?」
と言う人がいる。
 こんな映画をつくる映画人が数多くいて、それを高く評価する人が数多くいる。
 アメリカという国に、素晴らしい点は、数多くあるが、そのひとつが、こうした、ふところの広さだと思う。

■戦闘シーンについて

 数年前、韓国映画『ブラザーフッド』を観た。
 戦闘シーンに度肝を抜かれた。

 戦争とは、荒々しく、ただただ暴力的で、理屈も理想もへったくれもない、雄々しくも美しくもなんともない、問答無用で殺すか殺されるか、ただただ、生きるか死ぬかの場所なのだ。醜くて、汚くて、圧倒的な暴力以外の何物でもなく、その渦中に巻き込まれたら、人はもう、どうしようもないのだ。

 という事実を、リアルに突きつけられた。
「これに比べたら、ハリウッド製の戦争映画は、ショーアップされた映像美や、最新のCG技術を競う『お芸術』だ」
と思った。
「これに比べたら、日本の戦争映画は、ホームドラマだ」
と思った。

 『硫黄島からの手紙』の戦闘シーンも、『ブラザーフッド』よりは洗練されていたものの、同じだった。
 ただ、撃ち合う。ただ、殺される。
 そのこと自体には、なんの意味もない。
 美しくもない。カッコよくもない。ただただ、悲惨なだけだ。勝ったほうも、負けたほうも。
 本当の戦争は、そんなものなのだ。

 私は、2時間、撃ち合いや殴り合いや殺し合いを見続け、延々と空爆される側の目線に立ってバーチャル体験しただけで、
「もう、たくさんだ」
と思った。
「本当の戦争だったら、これがずっと続くのだ。しかも、自分自身の命をマトにして。本当に死ぬかもしれない、いつケガをするかもしれない。そんな状況が、ノンストップで、いやおうなしに、逃げ場もなしに、何時間も、何日も、何年も、続くのだ」
と思うと、ゾッとした。私なら、気が狂ってしまう。


posted by 田北知見 at 14:43 | 東京 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | 趣味に走ってスミマセン
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