2006年10月30日

サイトサポート・インスティテュート〈2386・東マ〉さんを取材して思ったこと。

 株式会社証券日刊新聞社の株式専門紙『証券日刊』の『社名と企業戦略』コーナーの取材で、過日、サイトサポート・インスティテュート〈2386〉さんにうかがって、安田利正社長と経営企画部の店曲規雅マネージャーにお話をお聞きした。
(記事は『証券日刊』の10月30日号と、株式会社日本インタビュ新聞社のサイト『経営者紀行』に掲載しましたので、ぜひご覧ください)

 安田社長は1948年生まれ。1972年、京都大学法学部卒業。
 同年、伊藤忠商事〈8001〉に入社し、法務や建設畑を歩いてきた。
 1998年に同社を退社し、医薬品開発業務受託機関のシミック〈2309〉に入社。
 2006年、サイトサポート・インスティテュートの社長に就いた。

 大手商社の法務部門や、建設部門から、医薬品開発支援業界への転身。
 年齢を逆算すると、50歳での転身である。
 なぜ、全く違う業種に?という問いに、安田社長は要旨次のように答えた。

「当時はバブル崩壊後で建設業界は不振の状態だった。なので、全く違う業界に行こうと思った。シミックへは、大学の先輩の縁で誘われた」
「社会貢献できる仕事だと思った。シミックは現在、2000人規模の上場会社だが、当時はまだ100人ほどの企業で、未上場だった。が、企業としての事業内容、財務内容もきちんとした会社だと思った」
「しかし、医薬品開発支援業界についてのノウハウがゼロで、一から勉強しなければならなかったため、会社に貢献できない。だから、入社にあたり、当面は無給で良いと言った」

 私はこの話を聞いて、さすがと思った。
 いずれ会社に貢献できるという自信がないと、そんなことは言えないだろうからだ。

 以前、大工さんを取りまとめる仕事をしている社長さんに聞いた話を思い出した。
 雇用にあたり、待遇(給料等)を決める際、ふつうの大工さんは、
「最低○○円くらいじゃないと」
という言い方をするそうだ。
 一方、ウデに自信のある大工さんは、
「まず仕事ぶりを見て、それから決めてくれ」
と言う。そして、そう言う人はたいがい、「さすがに」と思わせる良いウデをしているそうだ。

 大手企業を退職して転身した人の多くが、あまりうまくいかないという話をよく聞く。その点、安田社長は数少ない成功者で、本当に優秀な人材なのだなあ、と私は思った。


posted by 田北知見 at 12:08 | 東京 🌁 | Comment(0) | TrackBack(0) | 企業訪問
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