2006年08月15日

いまだに、戦争が、

 私が小学校1年か2年生の時だったと思う。
 家にあった雑誌をたまたまひらいて、その写真を見た。
「……?」
何が写っているのか、わけがわからなかった。
 いま思うと、雑誌はアサヒグラフか太陽かなんかで、写真はベトナム戦争の戦場だった。(ベトナム戦争は私が小学校に上がった年に終わっているから、古い雑誌が置いてあったのだろう)
 私は子供心に、
「なにこれ…。…もしかして、戦争…?」
と驚いた。
 戦争は「昔あったこと」で、「過ちだったので、もうやらないこと」だと小学校で教わっていたからだ。
 雑誌の写真は、今この瞬間、どこかよその国で戦争をしていることを示していた。ものすごい衝撃だった。もう、戦争はこの世に存在しないものだと思っていたからだ。
 加えて、自分の日常と、テレビで見る世界(たとえば映画で見るアメリカとか)と、父が仕事で行って、帰って来てから話してくれる世界(たとえばオーストラリアとか)以外の世界があると知ったからだ。
 いまだに、戦争とか、飢餓とかにさらされている世界があるのだと、初めて知った。

 こんなことを思い出したのは、先日、イラン出身で、現在はパリやニューヨークでイラストレーターとして活躍している女性の書いた本を読んだからだ。
 彼女自身の、イランでの10〜14歳の時の経験を、マンガに描いている。(といっても日本のコミックふうではなく、どちらかというとレイモンド・ブリッグスの絵本みたいな感じ。でもモノクロなのでマンガだ)
 その時代、イランでは、革命、デモ、弾圧、クーデター、戦争があった。少女が直面するには、あまりに過酷な出来事だと思うのだが。
 彼女と同世代の私が、「どこかで戦争をやってるんだ…」とぼんやり思っていた同じ時期に。

 その本によると、当時のイランでは、男の子は10代で兵士になり、戦場に出て殉教しろと強制されたらしい。女の子は10代で結婚し、子供を10人くらい生むことが望ましいという圧力があったらしい。(戦時中の日本みたいだ)
 20歳にもならないうちに戦死してしまうことや、社会的な強制のもとで10人もの子供を生み育てることは、必ずしも気の毒ではないのかもしれない。世界にはさまざまな価値観がある。(でも、若い人に「戦場へ行って死ね」と言う人は、なぜか自分自身は安全な場所にいることが多い。女子に「子供をたくさん生んで育てるべきだ」と言う人は、おうおうにして自分自身は生むほうの性別ではないことが多い。永遠に他人事だと、何とでも言えるのだろう)
 けれども、子供はやはり、平和な社会で、安心して育つほうが幸せなのではないか。そして、高等教育や専門教育を受けたい子供は受けることができ、職業もそれぞれの向き不向きややりたいことや才能に応じて選択できる、という社会が良いのではないかと思うが。


posted by 田北知見 at 12:21 | 東京 ☁ | Comment(0) | TrackBack(0) | 〜について思ったこと
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