2006年07月27日

戦後のことは

 きょうの日経に、「韓国の情報機関が、金大中事件は旧中央情報部による犯行との結論を出した」と報道された。小っちゃい記事だったが。

 私がいつも読んでる雑誌「ビッグコミック」(「ゴルゴ13」とかが載ってるやつだ)に、在日韓国人のバイオリン製作者を主人公にしたマンガが連載されている。舞台は戦前〜戦後の韓国と日本だ。今号は、主人公の幼なじみが戦後、北朝鮮と韓国のスパイとして歩んだ、過酷な人生を垣間見せている。

 数年前、ソウルに旅行した。サッカー ワールドカップ日韓大会の直前で、街はとてもきれいだったし、地下鉄に乗って見に行ったスタジアムはピカピカだった。
 街なかで、デモをやっていた。日本で言えば銀座のような、一等地の街なかだ。
 そのデモのグループを、武装した警官隊が遠巻きにしていた。また、ネクタイ背広にコートを着た大柄で目つきの鋭い男性たちが、周囲のビルの屋上や街角のあちこちに立っていて、なにか無線で連絡を取り合っていた。
 いまの日本では考えられない光景だ。銀座のどまんなかに、武装した警官隊が数百人? ありえない。

 現地ツアーで国境の板門店に行った。
 ソウル中心部からバスで1時間くらいだったと思う。途中の景色はあまり建物もない、のどかな田舎の風景という感じだった。私は、
「日本と似てるなあ」
などとのんきに思っていた。でも、時々、道の上をまたぐコンクリートの門のようなものがあるのは、何だろう?
 現地人のガイドさんがなんでもないことのように説明する。
「あの中には爆薬が仕込まれています。北朝鮮から攻めて来られた時に、爆発させて瓦礫の山をつくり、戦車が通れないようにするのです」
 ゾッとした。

 10年ほど前に、台北に旅行したことがある。
 当時は台湾海峡で中国軍がしきりに「軍事演習」を行なっていたころだった。
 中国で「改革・開放路線」を掲げてきたトップのトウショウヘイ(←すみません、字が出てきませんでした)の危篤が伝えられており、トウが亡くなった場合は政治的な混乱が起きるのではないかと戦々兢々とされていたころだった。

 ホテルにチェックインした翌朝、ものすごい飛行機の轟音で、私は飛び起きた。戦争が始まったのかと思ったのだ。いやホントに(笑)。
 実は私が泊まったホテルは、空港に近かったのだが、ツアーでおまかせだったし、チェックインも遅かったので、そうと知らなかったのだ。ただの民間機の旅客機の発着音で起きてしまったというだけだった。まぬけな話だ(笑)。

 その話を、現地人のガイドさんにした。私は冗談半分に、
「中国軍が攻めて来たのかと思いましたよ」
と言った。ガイドさんも冗談半分に答えた。
「あなたにも、台湾人の気持ちが少しわかりましたね」

 朝鮮半島にしろ、中国と台湾のことにしろ、戦後のことは、日本には責任はない。
 けれどもやはり、戦前、戦中と被害者だった人たちが、戦後も、同民族どうしの問題とはいえ、政治的、軍事的に難しい立場で苦しんでいる。戦前、戦中と加害者だった日本人は、そうした問題を抱えることもなく、アメリカの庇護のもとで経済成長と技術革新だけを追求してれば良かった。いいんだろうか、と思ってしまう。いや、国際法とか戦争責任とかのむつかしい理屈じゃなくて、人情として。


posted by 田北知見 at 13:48 | 東京 🌁 | Comment(0) | TrackBack(0) | 〜について思ったこと
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。