2006年06月28日

ちょっと昔の日本語。

 しつこくて申し訳ないが、歴史・時代小説ネタ、もういっぱつ。

 歴史・時代小説を読み始めた最初のころ、司馬遼太郎や、池波正太郎、柴田錬三郎とかの小説で、使われている日本語や、文の書き方や、文の感じが、なんだかすごく独特な気がして不思議だった。昭和30〜50年代くらいに書かれた小説だ。
 たとえば同じ時代小説でも、同世代の藤沢周平や、少し世代は下るが、津本陽や宮部みゆきとかの使う日本語や文の感じと違う。なんでだろう? と思っていた。
 その後、さらにもう少し古い時代、戦前〜戦後すぐのころに書かれた時代小説を読んで、初めて合点がいった。
 読んだのは、野村胡堂の『銭形平次捕物控』や岡本綺堂の『半七捕物帳』、林不忘の『丹下左膳』あたりだ。吉川英治の『宮本武蔵』もここに含まれる。
 講談調、というのだろうか。
「さてさて…」とか、
「なんといっても○○なのだ、××は」
みたいな語り調子なのだ。
 ああ、これかあ、この雰囲気なのか、と思った。
 もちろん、司馬にしろ池波にしろ柴田にしろ、それぞれのオリジナルの文体を持っていて、他の作家と似ているわけではないのだが。
 最近(といってもこの10年くらい?)の作家でいうと、浅田次郎や米村圭伍の一部の作品がそうなのかな。きちんと読んだことはないので、私にはよくは分からないが。


posted by 田北知見 at 10:24 | 東京 🌁 | Comment(0) | TrackBack(0) | 趣味に走ってスミマセン
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