2008年08月15日

自分の命であがなうのは、



 終戦記念日によせて。
 10年以上、ずっと考え続けて、答えの出ない疑問がある。

 63年前の敗戦に際し、何人かの軍人が、
「責任を取って」
自決しようとした。あるいは実際に自決した。

 この行為の、是非である。
「人にとって、最も大切な命を擲つということは、最大の『責任の取り方』だ」
と考えるべきなのか。
 あるいは、
「とっとと死んでしまうのは、卑怯だ。何が何でも生き抜いて、現世できちんと責任を取るべきだ」(たとえば裁判とかをきちんと受けて刑死するなど)
と考えるべきなのか。

 私が彼らの立場なら、後者の選択をするだろう。
 死は、「逃げ」だという認識がある。
 踏みとどまって、刑、嘲笑、罵倒など、全てを身に受けることが、「責任」だと思うからだ。

■刑死した東条英機の場合

 太平洋戦争開戦時の首相だった東条英機 陸軍大将が、敗戦直前の1945年8月10〜14日に書き残した手記が、発見されたと先日、話題になった。

 その手記には、彼自身や軍部の認識の甘さなどを棚に上げ、敗戦は、政治指導者や国民が弱腰だからだ、といった、責任逃れの言葉が並んでいるそうだ。
 しかし一方で、
「事ここに至りたる道徳上の責任は、死をもっておわび申上ぐる」
という一文もあるようだ。

 実際に、東条は同年9月、自殺未遂を起こしている。

■自決した大西滝治郎の場合

 実際に自決した大物軍人としては、「特攻の生みの親」として知られる、大西滝治郎 海軍中将が有名だろう。

 大西中将の「遺言」(抜粋)には、
「特攻隊の英霊に曰す。善く戦いたり、深謝す」
「吾れ死を以って旧部下の英霊とその遺族に謝さんとす」
「隠忍するとも日本人たるの矜持を失う勿れ」
と書かれている。

「深謝」は、「感謝」と「お詫び」の両方の意味がある。
 私はこの「遺言」を、10数年前に初めて読んだ時、「どっちだろう…?」と訝しんだのだった。
 「感謝」なら、「特攻は間違いではなかった」。ただ、「部下をねぎらう」という気持ちだ。
 「お詫び」なら、特攻などという、非人間的な行ないを多くの若者に強要した罪を、自覚していたということになる。

 いまだに、自問の答えは出ない。


posted by 田北知見 at 17:07 | 東京 ☁ | Comment(1) | TrackBack(0) | 〜について思ったこと
この記事へのコメント
特攻隊。

まったく、沈黙したくなるようなテーマです。

あんなことはやってはいけない。

また、そもそも、やるような状況に入ってはいけなかった。そうとしか言えないです。

とくに、日本の陸軍首脳部、政治家、天皇。彼らは、勇気を示し、敗北の決断を急ぐべきだった。

責任をとるべきだったのは(勇気を示すべきだったのは)「敗戦後」ではなく、実はもっと前に、生命を賭し、「負けを潔く認める」ことだったと思いました。
Posted by 沈黙居士 at 2008年08月22日 11:19
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